2016
01/15

町の施設大きすぎないですか


一昨日前に新設なった南三陸病院から「見積お願いします」と連絡が入った。売店の向かいを真っ直ぐに・・、そして地下一階です。と聞いたが判らなく職員に聞く、案内されるがこんな迷路とは知らなかった。また行ったら迷うだろう。

病院の入札は地元2社と隣町の印刷社の3社の入札ながら、その価格は余りにも過当競争で、年間に20点余りの入札でも昨年は1点しか落札とはならなかった。値段は8千円前後で、参加をやめようとも思っている。油代にもならない仕事の入札参加に意味はあるのかと考える。

病院と役場の高齢者への福祉対策の中枢ながら、この二つの施設は広すぎだろうと思う。こんなに空間に余裕は必要だろうか? 人口などの町の拡大しているのならまだしも、人口減少の加速する町に、将来的な維持費を考えても、周囲の自治体の疲弊と、他からの患者を集客しようとする競争の中で収入の増加は望めない。将来の世代に負担とはならないのかと思っている。一部の若者たちは華やかさを町の施設に求めるが、働く場も少ない町の今後は厳しい。
人口増加の自治体に「大和町」「富谷町」「大衡村」があり、人口増の理由にトヨタ誘致や仙台圏のベットタウンなど、多くの発展する環境を持つ。我が町は漁業・農業・林業などの従事者の高齢化などによる、後継者が居なく子供を後継者として考えなく、皆が町から仙台・石巻圏域に居住を移転している。親たちは孫が来たら一泊できる部屋を造り、子は何時でも両親を呼べる環境を整えていた。
こないだ戸倉の若い頃にお世話になった人と銀行であった。住宅再建は戸倉の暮らしていた高台に建設を終えていた。「墓を守らないといけない」と話す。仮設で奥様を震災後に亡くし、4年近く一人で仮設に暮らしていた。80歳を超え「大変だったですね」と声を掛けた。しかし、息子たちの事を考え強くは希望を言えなかったが、息子が一緒に住んでくれると言ってくれました。と笑顔で話してくれた。家族の姿そして在り方に触れた。

町の仮設の集約が8月から始まる。初めは入谷小学校だと言う。18棟の内にまだ7世帯が住んでいる。集約の理由に生活者が30%の達した時点で集約を進める。まだ達してなく、説明はこれからと報道は伝えていた。住居者への説明・承諾があり発表だろうと思った。我が町は何時もだが住民よりもメディアに対しての、「リップサービス」が好きなようである。
160113_152857.jpg
10日ぐらい前に総合ケアセンターに行った折、玄関の太い柱があり中央の柱の表の蔭に、一本のペットボトルが置いてあった。違和感を覚えながら1週間後に行ったら、そのままで置いてあった。こんなにも環境に無頓着でいいのと想い写メを撮った。警鐘として意識の改革をお願いしたい。先日も父の診察終了まで7時間も病院に居る事となったが、職員に「落ち着きましたか?」と聞くと、まだ改善がされていないと言う。立派な施設が出来ても、人が居ないとか、まだ混乱している等、理由にもならない町の説明の中で、町民の「命と後継者を守る」と言う言葉の元に、50数億の建設費を掛けて病院・総合ケアセンターがスタートした。これから「町役場」「生涯学習センター」など、公的施設ができるが将来の人口動向を見据えた規模での復旧を考えた方が、将来に大きなツケを回さない為にも必要だ。
昨夜は目の前の問題を一つ片付けた。今日は気仙沼に行き気になる事を片付けたい。日々充実した時間を過ごせるのは、お得意さんと仲間と助けてくれる親戚があるからと感謝したい。昨日も悪友が来て昔話しに華を咲かせる事ができた。
スポンサーサイト

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:35 】

COMMENT
POST A COMMENT


















 TOP