2016
01/12

自分の暮らしたルーツと60歳の年になる


三連休の三日間を仕事が出来る事に感謝だ。
元旦は青空の下で、自分の住んできた55年間の場所を記憶に留める時間にあてた。旧志津川市場の西堤防の突端と、上の山避難所のある電波塔を結ぶライン上にあった自宅を確認した。現在は10mの盛り土の下に生地は埋まってしまった。防潮堤の震災後は現在残ってはいるものの、ここ5年ぐらいには無くなりそうだ。今後残る物で場所を確認して置きたいがあった。
西堤防の灯台は無くなっていて、東西の堤防の距離も離れ、堤防の両端は津波で破壊されたのだろう。多くの風景の一年一年を記録に留めて置きたい。会社を廃業したら震災写真の整理をしたいと、老後の楽しみとして発信を続けていきたい。
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土曜日の「アサコの朝」に巨人の名誉監督の長嶋茂雄が出ていた。脳梗塞により右半身の障害が残ったものの、リハビリにより旺盛に今も活躍している。当初は「人前にでるのは嫌だった」と言う。周囲のスタッフに協力をもらい、毎日のリハビリを続けてここまで回復したが、休めば筋肉がまた固たまってくる。この努力の継続は凡人とは違う長嶋監督の精神力と、監督に頑張って欲しいと言うスタッフの支援の何物でもない。アサコは聴いた「現在同じ境遇にある方に何と助言したいか」に、「日々欠かさずにリハビリを続け励む事」と話した。自分はリハビリが嫌になる事はないとも言い切る。人は楽な事を選択する、病の中で年を取っても自分の生き方を貫く、やっぱり歴史に名を刻める人は違う。

新年明けに被災自治体の復興と、被災地からの人の流失が紹介されていた。県内の人口減が最大の自治体は女川町で、約37%の減少率は、3700人が流出し現在6300人まで減少した。次は我が町で約29%となり、14000人を割り込んだ。災害公営住宅の整備状況は、名取市が最低の12.8%で整備戸数が716戸で完了は95戸だった。次は南三陸町で「14.1%」で、738戸の整備のうち「104戸」が完成しているものの、28年度中には全てが完成すると町は話している。予定通りにいって欲しいと願うばかりだ。

昨日から私が好きだった人が相次いで亡くなった。テレビコメンテーターの竹田圭吾氏だ。歯に衣着せぬ物言いは説得力があり、問題に切り込む解説は納得できる内容だった。弱い者には優しく強い者に厳しく立ち向かう、そんな考え生き方が好きだった。病名は「すい臓がん」で最後まで戦い続けた。先月までテレビに出演し最後まで我が道を貫いた。妻には一日2回「愛しているよ」と言葉に出さず言うと話す。最後の番組ではカメラに向かい「愛してるよ」と、恥ずかしげもなく話した。自分の最後を悟ったかのような、イイ顔をしていた。
今朝にはイギリスのデビットボ―イが亡くなった、1980年代のロックシンガーで、あのクールな感じと低音の声とリズムに乗る姿がカッコ良かった。69歳でやっぱり死因は「がん」だった。
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