2015
12/24

土地さえあれば


昨日は歌津中学校裏の伊里前地区の住民の移転地を見に行った。以前に歌津総合庁舎となりにあった神社宮司さんの家が、ここに移転し再建され、新しい地区を守って行くのだろう。ここも工事トラックが往来する中で住宅の建築が次々に進められていた。「土地さえあったら!」と住民の叫びを聞く。

気仙沼市本吉から津谷の「いさみや」さんにお菓子の贈答品を買いに行った。私が25歳の頃から仕事の主体を志津川町に移す35歳位まで、お世話になった本吉町の店で、お菓子やクリスマス時にはケーキを買い求めた。現在も当時のお嫁さんが店に立ち接客をしていた。「お嫁さんもらったんです」「金沢の人でボランティアで息子が知り合ったです」と、嬉しそうに話し隣りのお嫁さんを紹介してくれた。奥さんに何代目と聞くと「私たちが2代目」と教えてくれた。代々引き継ぐ店の大変さがこのお嫁さんと息子さんに託される。地方の衰退の中で維持していく事の労苦があるが、「いさみやの大島まんじゅう」は、初代の店主とお母さんが築き上げた。その嫁の御祖母さんも95歳で施設に入っていると言う。銘菓は滅びる事ないと思うが、後継者の維持と経営の健全化が老舗を守る事に繋がる。現在は本吉にもバイパスが開通し、ストロー現象となりながら、多くの商品を開発し頑張っていた。こないだも登米市の叔母に「大島まんじゅう」を持って行ったら、「美味しいごだ!」と喜んでくれた。銘菓の継承を次の看板娘の「金沢の女(ひと)」にお願いしたい。志津川の兼田屋さんの「よもぎまんじゅう」をまた食べたい。
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南三陸産材の活用の補助金を、これから住宅建設をする方に薦めたい。私の仲間も補助の恩恵に授かり、現在、叔父や知人が進める住宅建設にも県産材補助が使われた。地元の「丸平木材店」での申請支援により、簡単に活用できる事を知った。私は県外の業者だったし、補助金の活用は多忙が故に利用を怠った。「もったいなかった!」、これから本格化する南三陸町の住宅再建の8割はハウスメーカーで、残る2割が地元の建設会社と新聞で知った。住宅は家を建てるだけでなく、ローン設定・外構・保険など、住宅の建築費の他にも色々な経費が掛かる事を知って欲しい。補助金の活用はローン・水道・浄化槽・太陽光発電だけではない事を! しかし、取り組む事と申請の大変さがあるが、努力なしに補助金の取得は難しい。大手メーカーも手続きをしてくれる。しない建設業者もいる「めんどくさい!」が復興特需の意識の中にあり、被災者救済の早期建設の中で「今の内に儲けよう」との考えが強いようだ。

クリスマス前の天皇誕生日に、「女川の商業エリアの町開き」が昨日テレビで報道されていた。嵩上げが「7m」としての町の再建が、他の被災地との差を付け、この発信により来町者の拡大を目論む。隈研吾氏の志津川商店街の再生の構想風景に似ていた。
現在、低地部の再生はショッピングモールが来年の3月3日と代表が話し、他の部分は29年3月とUR都市機構が説明をした。しかし今、志津川商店街の中央交差点に「コンビニ」らしき形状の建物が建設されている。
何を一番最初にやるべき事か、我が町の復興計画に疑問「?」ばかりを感じる。
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