2015
12/22

志津川湾は「海のゆりかご」


行動(アクション)なしには変化も効果も無い。震災後の人の良さから欲を持つ人間が私に集まっても来た。多くの真実の支援に紛れ込み、結果的に金銭的な詐欺や契約違反など、これからも住宅建設が加速するが、大手ハウスメーカーに混じって、悪徳建設会社があの手この手と、手を変え品を変え人の良い優しい「南三陸町民」や多くの被災地に参入してくる。一人で決めないで! お金の支払いと建設の経過を見据え、間違いない建設会社と設計と内容の判る人に入って貰う事が、安心できる住宅建設へと繋がる。
人間に潜む「悪意」は決して消えない。多くの自分に降りかかる制裁と刑罰なしには変わる事は無く、同じ世間への影響を与え続けていた。私の関わった方も寂しい悲しい人間だった。次の事業でも自治体に迷惑を掛けていた。土地の名士に近づきその繋がりを利用し参入し、継続事業も時間と経費の嵩んで、伝統歴史の継承の発信を断念させていた。たった半年の仕事も出来なく金を掴み消え去って行く。広域のこうした犯罪に日本の警察は対処出来ないようだ。
ああ! 現在、空き巣・泥棒の類が南三陸町に出没しているらしい。我が社の家は金は無く、大金貯蔵の「たんす」も無い。借金だけがなかなか減らないで残り13年は、金欠のままで暮らす事を想定している。

「愛の福袋」の活動は意外な団体だった。現在進む仕事も震災後の支援の繋がりから発生した。国連の「女性・・・の会」と両方とも世界の女性を守り、生活支援の活動をしていた。その輪が全国の女性達が参加していた。こうした志の方が居ても50歳代の人は、我が町では仕事と家庭に追われ活動は難しいのが実態のような気がする。世界にその目を向ける事は少ない。自分に何が出来るかを模索している。その中に「ユニセフ募金」に心が動いている。以前、南三陸町の空手の会があり、年末の恒例行事の会場「おすばでまつり」で、子供達と親の会が「ユニセフ募金」の垂れ幕を持ち募金活動していた事を思い出した。
今回の大震災で多くの支援が全国から来た。今度はそのお返しをする事で世界に対しても、金銭的な支援が自治体に課せられている。「復興姿を示すのが支援に報いる事」と行政は言う。中学生の世界・国内の大震災後に迅速な「募金活動」を実施し、日本赤十字を通し義援金を贈っている。町のこうした活動は聴いたことが無く、財政難の町には出来ないと言うが、多くの町の環境維持が必要なのは解るが、町職員や住民に「恩返し」の意識が拡大し、少しでも募金活動が町でできる体制の構築があっても良いと思う。
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ツイッターで発信した志津川湾の日の出写真に、岩手の漁師の方に「密植してますね」とコメントがあった。震災からの海の復興があり、震災前の「密植の改善」の元に、漁民の養殖範囲を再設定したと聞くが、隣の県の方は見てそう感じた。志津川湾の養殖に適合したリアスの入り江は、養殖の密植による「酸欠」でカキ養殖で死滅貝が発生した。こうした事が起こって改善を図るが厳しい。磯焼けも「ウニの食害」と言われるが、生活排水やホテルの熱水排水も理由に上げられていた。
今回の大津波は「自然からの警鐘」と行け止めるべきと私は思う。この素晴らしい自然と共に生きて来た志津川町の50年前を思い出す。小魚やクラゲ・海藻が海岸全体を埋め尽くしていた。生活の為と他の人よりもの利益の追求と言う「人間の欲」が、自然を守る事の大切さを後回しにした結果だ。

これからも南三陸町は自然の「海の揺り籠」に抱かれて、町民が助け合い生きる町に生まれ変わる事を望んでいる。
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