2015
12/18

6時45分


朝6時25分にサンオーレ袖浜に「日の出」を撮影に出かけた。私の後にも同様の目的で砂浜に三脚を立て撮影の習慣を待ち準備をしていた。
「6時45分」は漁民の人に聞いた日の出時間で、海岸に行くが水平線からは雲のため日の出は望む事ができなかった。6時を過ぎた頃から夜空が白み初め、30分には海上にはちらぼらと漁船が洋上を走り、カキ筏での水揚げに励んでいた。今日は氷点下、カメラのシャッターの人差し指も冷たい。
CIMG6111.jpg
はまゆり大橋からの日の出の写真ながら、綺麗な輝きの太陽が袖浜漁港の漁船を照らしていた。交差点では中学生が通学バスを待つ姿を見つけた。袖浜・大森・沼田から学生が集まり、バスに乗り込む場所がここだった事を初めて知る。
7時10分には家に帰った。近くに太平洋があり、静かな漁村が広がる「南三陸町志津川」は最高の住家です。Iターン・Uターンと共に、こんな「田舎暮らしはいかがですか!」と、人口減少からの底辺から、人口増を考える事への変換時期になってきた。

登米市の「みなし仮設」で生活する方と話ができた。「戸倉団地の整備が終わればすぐに家を建てたい。」と自宅再建の夢を語ってくれた。みなし仮設は一時期「750戸」くらいあり、現在は「500戸」とも言われている。意外と登米市にも多い事を聞いた。家族の多くも登米市の職に就いていて、登米市から南三陸町への住宅再建があっても「職場を辞められない」と言う。企業の誘致もなく地元事業所の再建も見込めなく、今後は高齢化や復興事業終了と共に、職場の消滅を心配せずにはいられない。
入谷地区の企業誘致の「東北撚糸」が休業と聞いた。震災後にホテルでの開業式典があり、若い入社社員が7名くらい紹介された。彼らはどうなるのだろう。またの想定外が町に起こっていた。
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