2015
12/14

今日から南三陸町病院 オープン

271213ブログ
先週末から現在の診療所と米山の志津川病院の引っ越しがあり、ケアセンターと南三陸病院の今日の開業となった。
病院の開業にあたり複雑な思いがある。「南三陸町なのに志津川病院はおかしい」と町長に質問するが、志津川病院の大学病院との連携もあり、まだ考えていないの答えだった気がする。また、透析病室の開設も患者の要望があり、その活動を支援し走り回り、多くの署名を頂き町に提出した事を思い出す。4人の透析患者の「将来の患者の為にも新しい病院で透析できるようにしてもらいたい」との要望書を、議会・町長に「協力議員」として、提出した事を思い出す。
当時、書類の連名の中に志津川の畠山さんは「待てない」と、仙台への移転をした。入谷の西城さんは病院の完成2年前に亡くなられた。要望書から1年経たずの事だった。戸倉の阿部さんは来年の3月完成の「戸倉団地」の住宅建設が「すぐに始まる」と言う。歌津の三浦さんは住宅建設を1年半前頃に終えている。
四名の要望提出者の思いが叶った事となるが、状況は色々と違う。「将来の患者の為に」との希望を町で受け入れられた事はありがたいが、透析の先生は見つからず、現在の病院の先生に研修を受けさせ、南方のサンリクニックの宮崎先生が支援すると、以前体制を聞いた事がある。先生の招聘は現在も厳しい状況にあり、古い先生方に頑張ってもらい、若い大学の先生が支援してくれる。また、週一の先生が専門部署の診療を行っている。父も心臓のペースメーカーの手術もこの先生の指導があればこそだ。感謝している。
透析は一か月に40万の保険の適用となる。病院の診療・処置により病院に、通院する人数分に40人前後と思うが、収入1400万円ながら診療器機と先生と病院の維持は今後も掛かる。
「病院大丈夫なの、あんなに大きいの造って、維持費はどうなるの?」と、町民の心配の声を聴く。問題はあれど「町民の命を守る」は行政の役目として当然ながら、今この財政難を懸念せずにはいられない。これまで一か月に「3千万赤字で町の補てん」で維持をしてきたが、また維持費が増加する事で病院を存続できるのかが心配だ。
町民が考える希望と、行政の財政難のミスマッチとならないように町には頑張って欲しい。どんな町の健康維持体制になるのか、町長の手腕に期待したい。
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