2015
12/11

これ以上の政策のミスは許されない


昨日も「防災教育旅行」らしきバスが二台も防災庁舎前にあり、学生服の生徒の一団がいた。その前には塔婆が錆びた鉄骨に縛り付けられた姿があり、この防災庁舎の姿を「観光旅行」の子供達はどう思うだろうか。

岩手県大槌町の行政庁舎は解体を決定し、解体され石巻の大川小学校は地区民と住民の6割が解体を求め、地区外の意見の4割が「保存」を求めていた。「もう見たくない」との遺族の声が現在も続いていた。
「いつまでも被災地じゃない」があり、「被災地の復興を見たい」と町民も支援者も意見は色々だ。大津波で有名になった町には、観光バスが昨日も観光拠点のポータルセンター前で、職員が行け入れに大わらわの光景があった。年末の商品の製造に中民が間にあわないとの嬉しい悲鳴も聞く。私の行動と発信は自己の生活の疲弊加速の、妬みなのだろう。
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「赤いツリー珍しいでしょう」と店員が声を掛けてくれた。町を歩くと声を掛けてくる以前の町の様相は何処にもない。「おじゃこ飲み」は近所の交流として欠かせないが、こんな状態の町民の交流は何時になるのか? 現在は「交流」の言葉が他人事のように聞こえてくる。12月議会で「行政区の再編」が議論の場に上がっているようだ。28年度で住民の住家の整備が終わると言うが、働く場の無い南三陸町に戻って来ても、生活の糧に何があるのだろうか。若者は近隣市に働きに行き、生活の大変さばかりを痛感する。
昨日は来客が夜8時近くまで3人を待った。気仙沼から石越・豊里から1時間の職場で働き、その通勤の大変さに「私はできない」と、感謝の会話をした。

直木賞作家の野坂氏が87歳で亡くなった。「蛍の墓」は自分の戦争体験の作品と言う。金権政治の代名詞となった「田中角栄」の選挙区でも、選挙に立ち敗れたものの、参議院議員となり自分の当時の政権を批判した。最後まで自分を貫いた人間がまた一人亡くなった。脳梗塞で倒れ10数年も妻の介護での生活だった。心不全で亡くなったと言う。悔いの無い人生だっただろう。

昨夜、「老衰」についてのNHKのドキュメントを見た。母の今とダブッて見た。静かに細胞が劣ろえ眠るように死んでいった老婆、「もう頑張らなくてもいいんだよ」と医師は言う。大好きな孫に看取られ、手をしっかりと握り旅立った。
私は「母を看取る」ことが最大の今の使命と捉えているが、「どっちが先」との懸念を持っている。

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