2015
12/03

また遺跡がでました!


私よりは5歳位上だろうか。震災で全ての物を流された農業家の方からの電話だった。私の親戚が数10年も守ってきた「おだまや遺跡」から遺跡がでた。
私の親戚の近くに家を建てたいとの方の要望も、遺跡指定の場所で建築許可が下りなかったと言う。そんな場所でありながら、被災地農地圃場の地域がこの周辺にあり、作業場と育苗の施設建設は農地に近い場所の高台選定で、まさかの遺跡出土となった。「壺や石器が出た」との事で、「困ったや!」との電話がきた。
「新井田遺跡」も高台整備も一番遅くなったのもこの理由がある。国・県からの遺跡調査員を迎え、総ての調査に記録には一年掛かるだろう。農地債権者の「やる気」を削ぐ遺跡の出土は、志津川中瀬町の農地再建の遅延となる。「困ったや!」この言葉しか出ない。知らんぷりが出来ない人間だからで、「なに良いから」との「輩」も多く、それが通る被災地の無法状態もある。
昨年は眼科で入院の連続だった。そして、今年も先輩から「採れたてキャベツ」が届いた。菊の露地栽培の場所の利用を図った。以前は志津川のブランド菊「黄金郷」の露地栽培をしていたが、中国からの安価な菊の輸入により、価格の暴落があり栽培をやめた。それに代わる濃産物として「キャベツ」を選んだと言う。仲間と二人で「6千株?」を栽培し、姉妹都市の「庄内町」と「ウジエスーパー」への販路を開拓し、今年で2年目を迎える。大きな利益を見込むのは難しいが、安定した農作物の生産は、農地の拡大と販路の確保で、農家の安定収入の道へと繋がる。
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合併10年の検証で「議会」があった。志津川と歌津の議員間の分裂が指摘されている。名誉町民の県会議員の受賞祝賀会に、歌津の議員が一人も出席しなかったという。「欠席」したのかは判らないが、志津川の出身の県議・町長が「分裂」を助長したとしたら、その受賞の意味は何なのかと思う。一つになれない事で町の復興を一丸となりは、町づくりの上層部の「綺麗ごとの言葉」としかとれない。
私の行政・町長批判を若い行政選出の各会の委員の言葉は、将来を見据えなく、勢いだけで進んでいるように見える。成人式での「佐藤町長バンザイ!」は、強力な政治発信と自己アピールにあり、私はその蔭の部分を知っているが故に、その政治力を良しとはしない。身を改め「謝罪の仕方を知らない」人は、あくまでも、自己保身としか私には取れない。
今日は包装紙の配達をする。我が社のような弱小企業にも「是非お願いしたい」と言うお得意さんの為にも仕事を続けて行きたい。
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