2015
11/22

観光で生きる町に


第9回まちづくり会議「輝くまち造り部会」の会議が19日にポータルセンターであった。
委員のひとりが私と同じ事を議題に出した。中橋の構造だ! 以前の松月館の前の「八幡橋」の場所に、隈氏が設計した木造の「人道橋」ができる。こんなにもデザイン性に富む橋が必要か? という事だ。本来の橋の役目を果たしてないのでは? だった。

以前は河口から、港橋・汐見橋・中橋・八幡橋が、志津川市街地の二つの地区を結ぶ重要な交通手段だった。新しい町づくりでは、港橋を若き設計家の公募による橋に、汐見橋は国道45号の高架道路となり、八幡川も入谷からの国道398号の高架道路となる。中橋は人道橋により、東側の商店街と西側の「祈念公園」を結び、一体となる観光施設としての役目と、志津川市街地は変わる。
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この「職住分離」が良かったか? 悪かったか? は20年後・30年後に判るだろう。勝倉町長の商工団地構想と阿部町長の総合体育館の高台への整備構想は、大震災で町民の避難場所として生活・商業の場として、その大きな役目を果たす事となった。
高台居住の三地区での町民との懇談会も、町民との協議も、「行政は町民の声に耳を傾けた」とのバフォーマンスと捉えている。参加しないと意見を言わないままで、町づくりが進む事は、URと町の計画を了解したと見なされる。「私はこんな事に意義がある」との、証拠を残すためにも参加し「ブログ」で結果を残している。このままで復興計画が「町民の意見の薄い事を良い事に」、町民の同意を得たと理由づけ、佐藤行政の思うがままに進む事に「疑問? 疑問!」ばかりが日々増幅する。
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