2015
11/19

「愛の福袋」被災者支援活動に同行して


17日に来町した「愛の福袋活動」が昨日一日の活動を行った。志津川・歌津・戸倉の仮設生活者を、二人組となり24名が一斉に仮設に「愛の福袋」を届けた。
小雨が降る寒さの中を、被災者目線で「こんにちはボランティア支援に参りました」と、一軒一軒に顔を出し仮設生活者の話に寄り添う活動は、「ありがたい」と嬉しい声があった。高齢者には腰を下ろし総ての話に耳を傾ける。志津川地区は沼田に初めて入り、2仮設45~25世帯ながら午前8時半から10時まで、留守の家庭もある中で一軒を15分も掛け回るなど、多くの話を最後まで聴き、優しい声を掛け続けた。
一番初めは「沼田2期仮設」で、東区北工区の造成で隣の坂の道路を、トラックが途切れる事無く土砂を運搬していた。震災から4年8か月となり、県設置の「仮設住宅の老朽化」の問題から、補修・補強工事が始まっていた。災害での仮設の利用は「2年」と言われ、仮設の痛みはしょうがなく、集約仮設として今後まだ利用を考える仮設の修理が、最初に建設会社が入っているようだ。
11.18ブログ
活動は「のぞみ作業所」と「戸倉小学校」もあり、報告は今後していきたい。戸倉地区の「海洋自然の家」の入口に迷った。地区の高台に整備された団地には、一本の主要道路を建設する事が必須で、被災した戸倉の浜は高い道路の整備があり、以前の道路からは大きく変わっていた。変わらないのは仮設の風景だけだった。「自然の家」では一人の女性に話し掛けられた、「千葉さん私判らないの」と言う。震災を含めた10年前後の時間は、人の様子を大きく変えていた。私もそうだが心も体型も被災した生活環境で、心は疲弊し身体は言う事をきかなくなり、「今後は整備した高台に孫と住みます」と話すが、まだ先と今後の不安定に生活に、大変さを感じた。しかし、三世代家族が肩を寄せ合って生きる姿がここにあった。

「フランスのテロ」や「高齢者・若者の交通事故」があり、「猟奇的な殺人」も発生している。生徒児童の「自死」も減少する事無く発生している。こないだは松島で20過ぎの母親が子供と入水自殺があり、母親だけが生き赤ちゃんが死亡し警察に出頭した。
こうした生活に困っての若い女性の行動を、引き留める事はできないのか。「こういう生き方も」「この困窮生活からの脱出法」「一人じゃないよ」など、死を選ばない生きる手段を考える事や、周囲から教えてもらう為にも、多くの人と知り合いになる事が自分を助けてくれる。「美味しい物を食べられる」「人と楽しい話しで笑える」「子供の幸せの為」「家族の為に生きる」など、少しの喜びが生きる力となり、生きていれば必ず笑える時が来る。
私も性格や体型から、「自己嫌悪」となり50歳まで生きる事は無いと思っていた。家族・会社の為に友達に支えられながらここまで生きられた。苦しい事も沢山あったが楽しい事も仲間と共有できた事で、良い人生だったと過去を振り返る。
また、問題が発生している。「なるようになる」との気持ちで、自分の追い込まない思考がこれまでの生活を維持できた。この考えで乗り越えて行く。こんなもんだよ人生は!
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