2015
11/18

待ち合わせは「モアイの前で」


昨日は今回で3回目と言う会が、メンバーを変えて来町してくれた。初めての方の運転で午後3時半・モアイ像の前でと待ち合わせた。定刻となり携帯に電話が、「宝江・中田に居るんですけど」と言う、三陸道の折口か方向を間違えたみたいで、時間には付けませんとの連絡だった。ナビ任せの案内で、私のナビは米谷インターまでは、農地と川の上を走っている。観光の案内板をもっと掲示して欲しいと思った。
さんさん商店街についても「モアイ像が見つからない」と言う。大駐車場でなく小さい方に到着しての連絡だった。4時を過ぎ暗い中で商店街から見える、旭ヶ丘への津波到達位置や河川堤防・津波の怖さを説明した。袖浜までの民宿の途中は「防災庁舎」に回り、亡くなられた方々へ焼香をし、屋上での起こった出来事に対して質問が飛んだ、「命の大切さ」を言葉の端々で話し、その意味が12名の方々に伝わってくれればと思う。誰しもが4年8か月も経つのに遠藤未希の「早く逃げて下さい」の、必死に訴えた当時の事を知っていた。その他の若い職員の頑張りと無念さを語り、総ての亡くなった皆さんの為にも早期の復興に、町全体で取り組んでいますと話した。
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BRTのバス停には沢山の「町民巡回バス」が、次々と人を載せて運行していた。来町の他の団体の方もBRTでの午後9時過ぎの到着と言う。福岡・広島・愛知からの南三陸町への被災地支援は本当に大変と感じる。今日は町内のまだ行ってない3カ所へも「愛の福袋」を300個以上も、仮設生活者に直接持って行き、志津川小中高の仮設の方と交流を今夜また深める。代表さんの話に「今後も家族のような御付き合いを」が、団体の最大の目的と言う。それにより「家族に会いに来る」と言う最終的な、末永い被災された方々の支援に繋がると話す。二泊三日の強硬日程で、感謝の言葉しかない。
昨日は全ての時間を「支援者支援」に費やした。充実した日となり、今日はその締めくくりで一日案内をする。震災で疎開した方の出会いが、新たな出会いの生んだ実現がここにある。

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