2015
11/16

変化にとんだ一週間


今年も長野県飯島町から素晴らしい「ネギ」が届いた、10袋500本で夏のジャガイモと秋のネギと、3年目の物資支援を迎えた。昨日は沼田地区に3袋を届けた。2~3日中には後2カ所に届けたい。一世帯2本と少ないが、頂いてくれた人は「1本でも嬉しい」との声があった。
先週の金曜日で今年の「志津川剣道スポーツ少年団」も終わりにした。網膜剥離で夜中の運転は不安があり、早々2回の練習を残し終わりとした。中学校の武道館前のテニスコート街路灯が切れたままで、修理を町にお願いし5か月が経つが、修理されないままで今に至る。来年は新たな南三陸町の「志津川剣道スポ少」への体制でスタートする予定だ。子ども達の減少が最大の問題としてある。
昨日は本浜町の「結婚の仲人」で町でも有名だった、奥さんが仙台の避難先で亡くなった。住所が南三陸町に無い事で、町からの弔電は無かった。昔から町の為に尽くしてきた方々に、大震災の理由により、町民の絆と感謝の念の繋がりが消えていっている。やはり町の町民に対する考えはおかしいと痛感させられた。
我が社に「感謝状」が届いた。長年に渡り保護司会に寄付を社長が続け、今回その功績に対して感謝状が贈られた。これが社長のやり方で、「何も求めない、広く人の為に」の生き方にある。「町民栄誉賞」「町功労賞」などが文化日に、合併10周年と同じ日合わせてに町民に授与されたが、我が家とは無関係なものらしい。
「後継人問題」「印刷組合総会」など、仕事と関係ない事が多いが、頭を休める暇がないのが、私の病気には良いらしい。体を動かし頭を使う事で「若年性認知症」の予防となっている。
役場の仕事もトラブル? 我が社の責任で無かったが、迅速な対応で感謝された。
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先週、制作を予定していた車の「マグネット看板」が届いた。会社の発信は情報紙だけだったが、愛車にも「がんばろう(絆)南三陸町」を刻んだ。「共に志津川の地で生きましょう」との気持ちを伝えたい。志津川市街地の2千世帯の消滅により、再建に町外に多くが移り住んで、何とか留まって欲しいの期待は空しく散った。
昨夜は五日町の「山長商店」の社長さん夫婦が夢に出てきた。店の商品を整理していた。お二人とも元気でいるだろうか?
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