2015
11/13

北へ南へ


以前「まちづくり事業」で田舎暮らしの補助事業に関わった。新潟から南三陸町に移り住み、その翌年に3・11大震災にあい富山?に現在は暮らしている。咋朝6時代に携帯が鳴った、誰かと思ったら「太田さん」で、夢の中でバタバタしていて明日でも「ゆっくり」電話を掛けたい。いつも町を離れても南三陸町を心配している。移り住んだ時は「川が汚い」「臭い」とよく言われた。日々生活していると、この姿が当たり前と他所の違いに気づきにくい。

こないだ、役場に行った時に「イスラエル医療団」の支援モニュメントが解体されていた。来月「開院」となる向かいに移築したのだろう。中東の戦闘の中でよく名前が出る。医療技術の発達先進国でありながら、宗教・発明・戦争は「紙一重」の発展への繋がりを持っている。原爆も戦争で使う為でなく、別な発明により発見したと聞いた。最近の「原発再開」の政府の動きは、震災による原発の悲劇を思い起こさせるが、原発は「国策」で企業も外国への輸出品としての取り扱いだ。地震大国の日本には多くの危険が潜んでいるが、アメリカ・フランスなどの地震の少ない国には絶対必要な部分だろう。現在、シェールガスにより原油の下落があり、町ではガソリンは1リットル「125円」で推移する。日本でも断層がある場所の原発も稼働が決まった。自治体への誘致の交付金が理由に上げられる。原発への津波での被災による四国の半島の孤立避難を船でと、訓練を国で開催した。
原発再開には根強い反発があり、多くの人が勉強をしているようだ。「女川原発が来年には稼働する」、こんな話しが進んでいると言う。知らなかった! また以前にも聞いたが、モンジュや六ヶ所村の施設等からは、毎日のように汚染した水が海洋に流れている。こんな話だった。無駄を無くす政府の「仕分け」で、原発の輸送船の年間維持に「14億円」かかり、約10年で6回しか使われていないと言う。震災後に原発が稼働なくしても日本は混乱しなかった。原油安と自然エネルギーの取り組みで対応ができたが、国策して世界に売り込む為には、地震国でも原発は安全を政府は輸出先への宣伝の為にの政策だろう。多くの使われない原発を維持して行くだけで、関わる人達の人件費を考え、その裏側の家族を思うと複雑だ。しかし、福島原発の被災で故郷を追われた人たちの悲惨さを思わずにはいられない。
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昨日の印刷組合理事会での全国表彰の報告会があった。理事職20年以上が対象だ。父親も金沢で30年前に全国表彰を受けている。私はまだ2年、足元にも及ばない。
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