2015
10/31

世代が引き継がれる町だった志津川はもうない


世代を引き継ぐ事ができなかった一人でもある私は、その訳を時折考えている。日本の成長真っただ中の日本があり、志津川町には多くの店が押し合いへし合い肩を並べていた。結婚できた31歳は11月初旬、年末の仕事の多い繁忙期とあり、年末まで残業の日々を続けていた。世間を真の家庭の在り方を判らない人間が、東京から来た女性を満足させられなかった。今思うと「申し訳なく」、ここから世代交代の歯車がくるってしまった。家業を引き継ぐ事と、「また別な出会い」をと、希望に満ちていたが別な形を求めたものの「在り方」を見つけ、今を生きている。
子どもは自分で「我が道を進む」が良いと、拙い経験からの判断だ。親の道に習うより切り開く事で、苦しい学業や人生経験が「こやし」となる。家業も良いけどそこには信念が無いと駄目だし、外に出て「他の飯を食う」事は、人間を社会で生きられるようにしてくれる。今現在の世代の交代に必要な事はこうした生活だと思う。これからは益々世代継続は難しいとも思う。「私は井の中の蛙」で終わりたくはない。

目の前の問題に関係する事件が起こっている。今度は「認知症」だ。世界では意外と少ないのではと思う。日本の風土が作り出した特有の病気でない「病」だ。宮崎の73歳の高齢者の歩道を70mの暴走は不可思議でしかない。今日の報道で鹿児島から宮崎への100Kの途中で、道路の真ん中に止まっていた車で中に高齢者が、ぼーと立ち止まっていた。ニュートラルでアクセルをふかし急に発信した。渋滞となった人たちが見ていた。高齢化社会での何気ない事を警察などに伝えていれば、2人の死亡もくい止め重症者も出さなかった。警察が多忙かと言うと全国的には平安な日本と思う。認知は家庭だけの問題から広い国民にも影響を及ぼした事件だった。高齢化社会となり今後の社会保障を含めた将来の問題に発展しそうだ。
今度は警察官の不祥事が続いている。最悪は「自殺」だろう。ある機関での2人の立て続けの自殺があり、自分が描いた「理想と現実」の違いと、置かれている指導者と環境にも関係がありそうだ。こないだは少女への携帯での盗撮があり、所持品の拳銃での自殺もあった。何かがおかしくなっている。
沖縄の埋め立ての基地の移転は、日本の国民どうしの争いとなっている。中国の南沙諸島のサンゴ礁の岩礁を埋め立てし領土の主張は、経済成長の終わりを告げようとしている大国の横暴だ。軍事力の新たな抗争がロシアから中国へと米国が対応している。世界の秩序は「安保理」が当たっているが、世界が一つになる事は今後も難しいだろう。南沙の周辺の国々も決して裕福な国々でもなく、弱い者をいじめる人間の心の悪がこんな所でも現れている。サンゴ礁の大小はあるが国民と国民・国と国の争いは、何も良い事は無く、冷静な話し合いで解決は出来ない物かと思うし、総てを考え「妥協策」を模索し、長引く抗争は両方にとってもマイナスでしかない。
中国の36年間の「一人っ子政策」の政府の人口調整も終末となってきた。高齢化が進み、支える国民が少なくなっている。今後二人までと言うが中国人民にそんな余裕はないと言う。中国の破たんは途上として今あり、「リーマンショック」のような世界恐慌を予想する政治解説者もいる。
日本が世界の国々に財政支援を「数千億」などしている。日本の企業が世界で事業展開できるようにと、お金のばらまきがあり、これで国民の社会保障や介護保険の減額をし、国民にそのしわ寄せがきていると思うのは私だけだろうか。
幾度も無く招待のフェースブクでの、みなさん館での「大芋煮会」の参加は、申し訳ないが興味はあるが、ツイッター・フェースブツク・ブログでの発信協力に留めたい。今日の開催で盛会となる事を祈ります。また、福岡からのお客さんも南三陸町の自然と人と海の幸で喜んでくれればと思います。
スポンサーサイト

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 10:07 】

COMMENT
POST A COMMENT


















 TOP