2015
10/26

知らないうちに町の様相が日々変わる町


何時ものように水尻橋を左手に新しい橋脚建設を見ながら石巻への道を通過する。土曜日に大雄寺までの道路の異変に気が付き、昨日見に行った。気仙沼線の川の線路橋の陸の基礎と土台が解体され、無くなり瓦礫となっていて、新しい臨時の橋が出来ていた。町内を歩いてもあちらこちらで河川堤防の国の事業が確実に加速を見せていた。
水尻川の鮭の捕獲場が設置されていた。今年は鮭の孵化場も建設され、小泉川からの稚魚を買い放流した昨年の5百万匹から、1千万匹の放流が可能となった。秋サケ漁は年間での漁業の基幹産業であり、「キラキラ丼」のイクラもこれで成り立っている。当初定置網の期間付での操業の中で、網揚げ時期が合意とならず、その後の漁協の結果は分かっていない。
中瀬町から田尻畑の地区の何もない原野が広がるだけで、市街地西地区は残土置き場と化し、今後の5mと言われる嵩上げでの整備は時間がまだまだ掛かるようだ。しかし、見て解るように「国道45号」と「国道398号」の整備は、志津川町内にある川に対し、橋の整備3カ所は確実に進んでいる。
水尻川河口も水門が解体され、鮭の「魚道」となる別ルートの川の流れとなっていた。橋脚整備にあたっての重機・型枠の油やコンクリートの河川への影響が心配ながら、鮭は震災の年に放流された物が帰って来ていた。夜になっての本格遡上とあり昨日のお昼時は、満潮であり川岸近くでの「水撥ね」の音と、川底に沈む鮭の姿も見られた。
昨日は「バスケット」のリーグ戦が南三陸町であり、選挙に向かう保険センターまでの道路は、ベイサイドアリーナからの大渋滞が続き、会場周辺には特設の駐車場が出来ていた。誘導員の数も多く見られ、被災地の元気と復興を願う大会は嬉しいが、早い工事の完成が一番と住民は思っているだろう。だが、さすがに日本リーグのトップ選手の試合に、バスケットファンが集まった。私の仲間も登米市に移転したものの、仙台大学の息子の同級生の選手の応援に駆け付けて来た。
こんな10月最後の日曜の一日だった。

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