2015
10/25

将来的な地方都市の形成がここまで必要か


私たちが志津川地区の復興の姿を見る為には、市街地の嵩上げされた高台の見晴台から見るしかなく、行政が現地視察を実施しない限りは把握できない。
今回の見学会で、八幡川の河口がこんなにも再建されていた。勿論、知らぬ間に起動しない水門は解体され、代わりの河口が整備されていた。漁民の浜への市場への主要道路となる「港橋」が見える。ここは新たに公募のよる設計で建設されるが、より漁業の利便性を高めて水産業の発展に繋げるべき「橋」ながら、若き建築家には町の古き良き伝統や文化を見つめ、設計に要素を入れているのだろうか。観光に特化した設計が見て取れる。岩手の水産加工者の販売の橋店舗共用、津波の高さの三日月型の橋など、交通と言う事を考えると、デザインよりも通行の便を考え強固な物を作るべきと思う。
しかし、ここからも津波の防災と言う観点からも、観光重視と言う考えがあるようだ。
今後は河川堤防となり水門での一次防御が無く、高さが12mと言われる高さでの橋建設となるが、津波の特性の内湾の入り江に増幅する今回の大津波で、行政の防災対策は何処に生かされているのか。
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7月の実施された「港橋」のデザインコンペの公開審査は、相変わらず我が町の目立ちたがりの体制を感じる。町民の生活重視と言うよりも、対外的な目立つ事をしている。他の被災地と比べれば判る。40年後には7千人の町に巨大な観光地が必要だろうか。15.9mと言う津波の波高で、巨大化、地震の頻発など自然災害の軽視を、現町の体制と強要する仲間が、再度大災害の発生に責任を取れるのかと思う。「想定外」とまた関係した人たちは言うだろう。
6mの津波予報は16mにも増幅し町を襲った事を忘れないで欲しい。志津川市街地からの防災の為の「観光客の避難道」を絶対造るべきで、観光客を守る事も町の責任として欠かす事は出来ない。多くの死者への追悼と、大震災の反省に取り組む町づくり体制は絶対必要である。
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