2015
10/24

殺伐とした時代に生きて


写真は南三陸町志津川字小森にできる、仮称の三陸道「志津川IC」の今です。目の前の橋が架かり半年以上も何も変わらない。今回工事状況が報道であり、盛り土部分が今年の豪雨で土砂が崩れ、完成時期が伸びた。年度内が翌年度にずれ込む。総てと言っても良いくらい市街地の嵩上げの場所に関しては遅れている。将来の志津川町民の暮らす場所確保が遅れる事は、「この町で死にたい」「仮設で死にたくない」との、町民の切ない気持ちを、行政の首長は裏切り、それを指示する住民の気持ちが私は解らない。町の進めている再建は本当に町民の為かと、疑いの心が決して私は消えない。
宮城県の七ケ浜町での家族殺人事件? は、更なる段階となっていた。今日は近所の人の話で「帰るのがいやだ、殺される。」との弟の言葉を聞いたと言う。母と娘と息子の家庭にいったい何が起こったのだろうか。遺書には「一緒に死にます」との娘の言葉とは裏腹に、家族に何が起こったのか勘ぐりたくなる。
「噂に噂」とよく警察は取り合わないと言う。結果的に事が起こって小さな噂にも耳を傾ける。「煙の無い所から火は出ない」の格言は、過去から現在も言い続けてられ、そこには何かがあるという事を、前提として考えるべきとの言い伝えだ。そう言えば捜査の聞き取り電話も無くなった。
今の時代、職を持たない成年男女がいて、高齢化社会の介護問題があり、平気で人を殺し、高齢者の年金を使う50~60代の子供がいる。成人して働かない事がその根底にある気がする。
子育ての中での教育・道徳を考え、家族内の将来を考え話し合う大切さを思う。
親に頼る子供が多くなった。「嫌な事や辛い事はしたくない」、これでは普通の大人に必要な精神・知性はは、身に宿る事はない。
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