2015
10/16

苦心し朝食をとる


「一人でやってるの凄い!」と周囲から言われる。父と二人の生活の中で、ジャーでのご飯炊きは父の仕事で、汁物と料理が私の役目として、震災直後から母の介護状態の中でこれまでやってきた。ときどき父の食材に好きな物を3・4点買ってくるが、5日から7日もそのままで食べない時もあり、「臭いので投げた」と言う。せっかくと思うがしょうがない。
自宅の道路向かいの坂の上にはコンビニがあり、何もない時は父が好きな物を買いに行く。こんな生活が4年目を迎えた。
これまで父は台所に入らない人なので料理は無理だ。私の小学生時代「たすすもち」は、家に帰ると何も無い中で空腹を満たすために、小麦粉と砂糖を水でこねてフライパンで焼いていた。小3位の頃からだろうか、両親は家業で時間いっぱいの仕事で子供にかまっていられないがある。
志津川の海・山は最高の食材に満ちていた。春から夏の海はあさり・ツブなどや釣りのハゼ・うなぎなども家に持ってかえり、祖母が料理をしてくれた。山では栗やあけび・わらびなど、春と秋は山を駆け歩いた。小から中学生と仲間での行動から、私の一人での探索で「家族に喜ばれる」と言う嬉しさから、寒かろうが冷たいだろうが、少しの危険も覚悟し、両親は「気をつけていけよ」ぐらいの言葉しかなかった。擦り傷・切り傷・うるしかぶれは年中行事で、一人でも生きれる「術」を学んだ。これが今生活スタイルに表れている。
写真は朝食のご飯と「一汁一菜」だ。だいたいこの内容で品を変え、一日が始まる。
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今はまっているのは、海苔巻だ。中身は生協のすき昆布とさきいか・ごまのふりかけに、キュウリを入れ、食卓で州の子に巻き、一枚の海苔を二つに裂き2本たべるのが、時々朝の食事としている。朝から意外と楽しい。冷蔵庫には「シソ巻みそ」と「カット野菜」「さば缶」「ハム」「ちくわ」「たまご」が常備品として入っている。米は現在30Kと口を開けた20Kがあるので6か月は大丈夫だ。今年は新米はどれくらい貰えるだろうか? 毎年3袋は親戚筋からくる。
昨日は震災の年に石巻からNPO法人が来社し、「若者雇用」「引きこもり」などの若年層の支援活動をします。協力をお願いしますとの事で、町内に告知の情報を無償配布した。昨日その場所へ行くと非営利団体「ワーカーズショップ」との看板はあったが、生徒の指導も無職の支援など今は出来てないと言う。小さい団体の被災地支援は予算の面からも、活動の大変さを感じる。
今日は死語と言う仕事は何もない。まあ! のんびり行きますか。
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