2015
10/11

仙台に志津川の美味しいお米を届けました


懐かしい仙台市一番町・中掛丁を歩いた。数年ぶりながら我が町との違いと、私の知る多くの町民の皆さんも仙台に移り住んでしまった。「南三陸町で一緒に暮らしましょう!」のメッセージの空しい事、理想と現実の取り巻く環境から「やっぱり」と落胆だ。どうすれば言う考えは今は「無」である。
一番町は被災地の写真の現実と比べてどうだろう。4年半が経つのに現光景、こんな姿を何時まで全国にさらし、交流人口と言う名の観光客の為の町づくりをするのか。ひと時の脱出にから被災地を忘れ、限られた食事から町にない美味しい物を舌で触れる事ができた。若者たちのイベントに市民の笑顔がいっぱいだった。
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志津川地区の守りのシンボル「上の山八幡宮」に行った。神事まで利用する行政の観光に、強い違和感を思い、頼るしかない町民の悲しさを感じる。人の「祈りと追悼」までも観光化にして、町づくりでいいのですか。先人たちの悲しい顔が浮かぶ、いいんですよね「多くの大先生たち!」。

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