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2015
10/05

祈りと祝いの日でした


気丈な母親が半年も掛かり辿り着いた息子さんの葬儀、いつも元気な母が終点の葬儀の安堵から小さくなって見えました。また、次のスタートです。孫さんを将来の目標まで見届ける事が、これからのお母さんの生きる糧として、ある気が私はする。
こんな母親の姿をこれまでも多く見てきて、できる限りのお手伝いをしてきた。まだ自分がやれる事は沢山ありそうだ。
登米市への親友の住宅再建の仲間のお祝い会があった。友人も「めでたいが寂しい」と会の挨拶で話した。集まった仲間みんなが町内に散らばり、こうして町外にも移転した。しかし、みんなの心と気持ちはいつも「一つ」と言っているような席だった。
写真は戸倉団地に続く高台への道路です。「道」は生活の道として、人生の道として生きていく上で大切な物である。踏み外す事で人生も生命も町も失う。
新築した友人は大震災大津波の避難行動を席上話した。海岸部にいて仲間に避難を呼びかけ確認後に避難したと言う。津波は遠くに見えたと言う。地域の道路を把握する彼は、どう逃げれば安全に高台へ行けるかを考え、後ろから襲う津波を確認しながら車で逃げた。みな同じ方向への避難行動があり、渋滞を「ぶつかってもいい」と対向車線を一気に突っ走った。渋滞の中で道路情報の把握は自分の命と家族の幸せに守った。「渋滞の中で津波に襲われた人たちがいた」と言う。自分の地域の状況を知っている事で、命が助かった。普段の道路の確認と状況を知る事が災害から命を守る事に繋がった。と私は思う。
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