2015
09/29

偶然の行動から

27.9.29ブログ
「志津川大好き!」の私の2009年からのブログ開始は、偶然の活動ながら多くの志津川地区の風景を残してくれた。そのうち活動の一つに写真の紹介をしていきたい。
「スーパームーン」は昨日の事で、見はぐってしまった。昨日の昼間の天気は雲一つなく、昨夜の「十五夜」はさぞかし綺麗だっただろう。月の大きさは1.14倍で明るさは3割増しと言い、今度は10数年後と言う。今日は翌日ながら忘れずに月を愛でたいと思う、たが22時の見頃まで起きていられるだろうか。
旧暦の8月15日が昨日にあたると聞く。40年前の「十五夜」は我が家も9人3世代が揃っていた。子どもの私は山にススキ・萩・ソゾメ・栗の木を取って来て、お月様に飾り、さつまいも・枝豆・リンゴ・ぶどう等を供え、家族がそろって十五夜を迎えた。良き時代で季節の節目には家族がそろって、家庭の行事を行っていた。

昨日は志津川小学校の高台の仮設に出掛けた。天気も良く志津川の市街地の、防災庁舎周辺の状況を撮影してきた。今日の写真にと思ったがあまりにも荒廃した姿が変わらない事に、仮設前の満開のコスモスで市街地を隠した。
いま、志津川小仮設から痛んだ仮設住宅の部分の修理が始まったとラジオが伝えていた。そう言えば浄水タンクの前に工事関係者のワゴン車らしきものが止まっていた。仮設の状況は見なかったが、ここも多くの入居者が新しい住居へ、他の地区へと行ったのだろうか。
歌津の使い終わった仮設の再利用が、中学校近くに新しく整備され、そこに町外から来たボランティアの方が入所した。2DKが2.5万で30年までは半額の軽減処置での入居という。その上の3K?は3.5万だった。被災地支援で来町しそのまま子育て支援の仕事をしていた。これが町の考える人口減少対策の一つなのだろう。
私は以前から言っている。早期の被災者の居住地確保で住民を町に残ってもらう対策を講じる事の方が、町を維持し継続できた。震災後の行政の初動の失敗が、大きな町の損出となった。こんな事を言っても無駄とは私は思わない、復興計画の検証で今後の町づくりを失敗なく行う事で、キラリと光る町が出来る。
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