2015
09/24

気になっている戸倉地区へ


戸倉団地がどう変わったのか見に行く。だがバリケートがあり「通行証」がない者は通行できず、事務所によって下さいと言う。連休を利用し知人の住む、子供達の通う新築となった戸倉小学校を見たいがあった。事務所に回り許可を貰おうとするが休みのようだった。工事現場で危険という事は解るが、自分たちの住む町を何処にでも行ける環境にはまだない。志津川市街地の三地区も土地希望者の現地見学が実施されているが、町づくりを知りたい発信している私としては、町協からの連絡通知もなく、行政から建設経過のニュースだけの情報しかない。
敬老の日に戸倉の神割崎とプラザで食事をした。
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ちょうど神割をバックに写真を撮った時、沢山の観光客が波しぶきの上がる一番したまで下がって来た。私は「地盤沈下で危険」の看板で尻込みをした。自然の波はどういう力で打ち付けるか予測がつかなく、この日の気圧配置による沖からの荒波が三陸海岸に白波を立てていた。観光客は怖くないようだ。
来町者は新潟ナンバーで、若者達が多く震災の恐ろしさを忘れていると感じた。それが「風化」と言う言葉である。あの巨大な地震・津波の報道も4年半を過ぎると、経験のない人は忘れてしまっている。継承・伝承の大切さを私は自己の将来と町の再建に、その思いを向けている。
昼食は管理委託事業による経営権が「南三陸町観光協会」となり、料理人も若いシェフ・スタッフに変わり、雰囲気と提供料理も都会風な感じを受けた。以前は高橋さんが委託事業所としてあり、奥さんが地元の水産食材にこだわり、町外の観光客に地元の漁師料理を振る舞った。この日は「プレート定食」と「カレー」を注文し、シェフは「辛みそジヤージヤー麺」がお勧めと話していたので、次回はそれを頼もうと思う。
地元の海産物が好きな私は、「牡蠣づくし定食」や「三陸海産色々定食」・「三陸磯ラーメン」などを以前は注文した。
今のメニューに「たらすもち」、こんな品があった。何と懐かしい! 幼い頃に学校から帰って、自分で小麦粉・卵・砂糖を入れてかき混ぜ油を入れフライパンで焼くだけだ。幼いながらに「御馳走」だった。これも又楽しみであるし、次回は忘れずに頼みたい。古き良き食材がメニューにある事はシェフのアイデアだろう。
戸倉小学校を見たかった。2学期から新校舎で授業が始まり10月4日に開校記念式典と聞く。立派な学校を見て伝えたいが、勝手に部外の者の侵入を町は危険と拒む。今、災害公営住宅が全貌を見せ、戸建の災害も数戸建設中と言う。学校へは広い道路ができ、防災集団移転の高台団地には一本広い道路を建設する事が義務づけられている。現在「戸倉団地」へは45号からと、海岸の集落を結ぶように「国道389号」が、津波襲来とならなかった高台を今後通る。
人口が30%も減少した戸倉地区、多くの若者世代が町外に流出した。今後どうなるのだろうか心配だ。


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