2015
09/23

町の合併に階差ばかりを感じる被災地の復興

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今日の河北新報に歌津で国内初めての「のうとう類」の化石が2億5千年前の地層から発見された。東北大学生による発見は約4㎝に満たない甲殻類の3種の発見で、「ウタツギョリュウ」の世界最後の魚竜が発見され、新たな化石発見ながらその発信を、町は大切にしていない気がする。海から陸地に生息し、また海に帰った生物として東北大学生が昨夜のテレビで説明していた。
そんな化石の町「歌津」のギョリュウ館が津波で被災し、一次保管所として町の山地区入谷に場所建設の予算計上で、歌津の議員から「なぜ地元の歌津に保管しないのか」と異論が出た。9月の定例会の事だった。
歌津町との志津川町の合併10周年を来月の1日に向かえる。他の自治体に聴くと特別「合併の事業はしない」と聞いた。合併が10年間から20年に延長され「特例債」も使える今、10周年事業は被災した町には必要なく、余計な経費を町再建に向かう中で必要はないと私は思う。行政はその理由に「新たな復興への活力を」と説明する。それは行政だけが町長だけが思う事で、被災町民からしてみれば、震災遺構「県有化」の意見募集のような14%と、興味のない事とまだ町は判っていない。誰の為の事業なのかを町民は理解できないだろうし、考える余裕の無い事を利用した諸行である。
昨日の三陸新報には歌津の市街地再建に「格差」と報じていた。歌津地区は防潮堤の工事はまだで、嵩上げも進んでいない。歌津商店街の希望は当初の20軒の整備から、8軒だけと大きく再建を地元事業所は伊里前市街地での再建を諦めた。その理由には資金と後継者などがあるものの、市街地再建の遅さが最大の理由に住民は上げていた。こんな状況下でのウタツギョリュウの入谷移設には、行政と町長の歌津蔑視的な物を感じる。いったい誰の思惑なのだろうか。
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昨日は三本木の道の駅に行った。県内の亜炭の発掘地であり古き町の復興の原点がここにあった。道の駅の隣りには亜炭の資料館があり、4号線に隣接する二つの施設は相乗効果を生み、次々と買い物客が二つの施設に寄る光景が見られた。早期の伊里前市街地の再建と「魚竜館」の併設で、観光客の流入拡大の環境造りとして当然の考えを思う。町は「歌津町民の結束と底力」を軽んじている。人口動向も戸倉・志津川地区に比べ、大きな津波被害を受けながらも人口減少率は戸倉に比べ半分留まっている。これに対して復興事業の格差は誰が生んでいるのか? 不公平な行政の体質改善こそ今まちづくりに必要で、平安な町づくりの達成には欠かせない。
地元に支持者が減ると、町外のボランティア・派遣職員と移住者にその支持を求める。こんな姿勢は住民減少の阻止に「町の消滅」を視野に考えるかと言うと、去る者は追わない町を築いてきた人に敬意を払わない体質を思う。問題は町づくり計画の構想失策にある。
亜炭資料館には定礎に三本木町長の名前が記されていた。現在は大崎市への合併で、合併前の軌跡を知る物として存在する。今後、町の施設が多く再建される。「定礎・・・」を私は許せない。人口を半分になる原因の一助に誰の政策の失敗があったか、町民の弱体化に乗じて国と県の予算を当てにしての、右習いの政策を感じる。JR気仙沼線の「陸前戸倉駅」までの運行を、なんで南三陸町が主体とした再建はできないのか。鉄路は残っているのに、これを町の観光の一部として活用すべきと私は考える。全線復旧に1100億円掛かるが戸倉までなら、JR東日本を説得できる気がする。
特別どこにも行かないシルバーウィーク、こんな事を考える一日となった。
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