2015
09/18

今度は津波注意報


今朝の町の防災無線の異様な音に目覚めた。時計を見ると3時30分頃と記憶する。「津波注意報」の発令で、昨日のチリ国の地震で、太平洋のハワイに90㎝の津波到達での、日本への津波が5時から7時の到達とのテレビ放送だった。チリの津波は「4.5m」で8人の死者と100人の怪我人と伝えていた。
私の4歳の誕生日に世界最大の「M9.5」の大地震で、30mもの津波がチリ国を襲い、ハワイを通過し志津川地区には「4.5m」の津波が襲来し、41人の死者を町では出した。チリでの津波の波高から見ても到達する津波の高さは想定できる。
午前6時55分の放送で、岩手久慈港で30㎝・宮古で10㎝の津波の確認をしたと、今回初めての津波の確認をした。その後に仙台港に津波到達中と続けて伝えていた。
ジェイアラートは朝30時から5件もエリアメールが届いていた。南三陸町は2カ所に避難所を開設し、学校は全てが休校となり、BRTも全線見合わせとテレビのテロップで流れていた。
2010年の被災前もチリからの津波が発生し、写真の平磯地区のこの場所から、津波の発生を地区民と共に見つめていた。私は自宅・工場の事より体験の記憶の薄い、津波と言う物をビデオに収めたいとの気持ちが強く、両親も会社も避難など何も考えなかった事を思い出す。だが津波は襲来した到達時間とは異なり、波と言うよりも海面が盛り上がり沖の堤防を呑込み、海上の船が木の葉のように舞った。津波は高さで言うと1m位な物だろう。町の漁港で船の沈没が数隻と養殖施設に多大の被害が出た。チリからの津波は海底を走り間違いなく、35年のチリ津波のように志津川に到達し被害をだした。この時も6時間以上も津波注意報は続いた事を覚えている。
人の体に身に付く直感が、わが身の行動にも繋がっていた。私は人間の「第6感」を信じこれまで生きて来た。感性が「私利私欲」に溺れた結果が今回の人命の大被害に繋がった。今の判断は全国の警告で過剰な判断は当然、2011年の災害で自己の判断があり、正当性の反省と行政のマニアどおりの行動と思う。
150917_131311.jpg
昨日は仙台に行って来た。県内の理事・役員の日本の業界を取り巻く問題を聞く。選挙にあたり印刷業を応援する立候補者の地域の支援をと言う。印刷業を取り巻く問題の尽力への、恩返しがここにあり、「公正取引委員会」「経産省」など、印刷物資の高騰の抑制に働き掛けて貰っていた。弱小会社よりも100人前後の大印刷会社の影響の軽減に対する活動を思った。国内・世界の印刷技術の変革を敏感に捉え、会社の維持と発展の活動をしていた。私には似つかわしくない場所と強く思う。今年度で新しい若い会員への引き継ぎを希望している。
10時に出掛け15時に帰って来た。高速道の便利さあっての行動だ。この日は松島~利府間で事故の為か通行止めがあった。上りだったら30分は余計掛かるだろう。
今日は何時になったら「津波注意報」が解消されるのか。そんな中で9時には歌津名足に行き、夜は中学校に剣道の指導に行く。国会のごたごたのスマートさに欠ける、論争行動を忘れていた。
スポンサーサイト

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:42 】

COMMENT
POST A COMMENT


















 TOP