2015
09/09

志津川地区の日々の変化

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昨日は今年初めてのサンマを買い父に食べさせた。魚屋さんのサンマ1匹は小さい物でも100円で3匹を買い求め、勿論自分で料理し食卓を飾った。高い物は1匹200円と「庶民の魚」とは言えなくなった。
しばらくぶりで高台の旭ヶ丘団地に行く。会社の倉庫から工場に変身した屋根のトタンが腐食して、塗り替えないとサビから穴が空くと言われ、その見積を昔からの知り合いの塗装屋さんにお願いしに行った。商店街側から上がり、農協側の反対から下るつもりが、その道路は写真のように、西地区の高台造成で通行止めとなっていた。普通の以前の志津川に戻るにはまだ多くの時間を要するようだ。
震災後に自社で発行する「マイタウン情報」を配達して貰っていた方が、認知のような症状が出始まったようだと聞いた。長い間船員として元気いっぱいの御主人の、老いによる異変が身近な所にもいた。「あの元気な人が」と決して他人事でないと思う。
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議会の5日目、町の問題が色々と議会で正された。7人の一般質問があり、陳情は有志による「安保法案撤回」が議会に提出された。賛成少数により採択されなかった。全国の多くの自治体でも同様の陳情がされ、採択となった議会も多いと聞く。
町の財政難は厳しい事が浮き彫りとなった。気仙沼・本吉広域事務組合の町の基金「3343万円」がある。消防と美術館運営の事業の基金で、財政不足から103万円を取り崩す。と言う、使い道の詳細は判らないが、103万円が財政難の補てんとなるのか? だからこそ町財政が心配だ。気仙沼市も9200万円を取り崩すと言う、被災自治体の財政はいったいどうなっているのだろう。103万の取り崩しは少額と思うが、議員からは「今後美術館をどのよう利活用するのか」や「三陸道の開通で登米市との関わりが強くなっていく」などの意見が出た。
思う限り登米市との依存が強く、行政も登米市寄りの町政となっている気がする。

南三陸町・旧志津川町の存続を強く訴える町民団体の誕生を私は望んでいるが、強い政治の力が阻止へ動く事が、現在の町の「政(まつりごと)」にある。
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