2015
09/03

震災死の慰霊碑は何時に


約800名の南三陸町で亡くなられた「慰霊碑」は何時になったらできるのだろう。9月1日の防災庁舎の「県有化」の協定が締結により、平成43年3月10日までの20年間は、防災庁舎・土地も県へ移譲される。西側地区の「祈念公園」への慰霊の場所の設置はいったいどうなるのだろう。
町長を守り「生きて町再建をお願いします」と託された、殉職職員への町長の思いはどういう形で示され、亡くなられた町民の慰霊は行政の役目として、早期の建設は当然の事と思うのだが。
今日から議会と言う。7名の議員が町長への一般質問で檀上に立つ。慰霊碑の問題を是非「どうするか?」を町長に問うて欲しい。「復興計画」には10年間の後期に祈念公園に「慰霊碑建立」があった。多くの全国からの義援金に、「慰霊碑建立支援金」もあるはず、その資金の明確化と使い道をしっかりと行政に説明を求めて欲しい。町長に近い与党が多く在籍し、町長が困る質問は出ない気がする。
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知人の父親が亡くなり葬儀に行った。まだ震災の大津波から逃れた家も多い集落は、自宅健在の地区で多くの近隣者が参列していた。喪主は父の姿を見ながら生活をしてきて、今後とも同様のご支援をと涙ながらに地区民にお願いした。
菩提寺には数体の「お地蔵様」があり、自然と目が止まり死者への畏敬の念に駆られた。笑顔を絶やさないお父さんの顔は私も忘れないが、孫たちの心にもしっかりと刻まれていた。
家族が暮らした長い志津川町の生活を、今も続けている。父の歩んだ道の継続こそ、町づくり精神として欠かせく必要だ。
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