2015
08/30

また、町の再建を待たずに住民が亡くなった

突然の訃報が2件あった。昔から千葉家を支えてくれた人の死は、寂しく悲しい。
同級生は豊里への生活再建で町を離れ、地元で震災復興で頑張っていた方も登米市への移転をすでに終えたとの話に、悔しさがある。同級生は子供と孫がいて、3世代家族で、知人の方も5人家族で、将来の町には必要な子供たちのある家庭だ。私のような一人暮らしを控える高齢者ばかりが増える、高齢者の一人世帯は現在500世帯と言われ、町の将来のお荷物となる。
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商店が半分となり世帯も減少し、生活の余裕や商店の販促での印刷業の生業は厳しい。大きな商店との繋がりと技術の高度化を実現している会社は生き残れるが、我が社のような昔ながらの経営は、近い将来淘汰される状況にある。立て直すのも技術者の確保と設備の高度機材の投資が必要で、整備費には1500万円は掛かるし、工場施設も必要となり、私の後継の居ない状況では無理である。南三陸町に於いても人材不足に事業所は頭を痛めている。企業が進出してもこの部分が厳しいだろう。
漁業の町で水産加工品の商店の経営維持は出来るが、町外への販促と観光客無に町の発展は厳しい。農業は特別な地場産品も少なく、道の駅が出来ても農業者の収入増加は以前同様厳しいだろう。第一次産業の林業は震災復興の住宅再建があり、建設資材の需要は拡大しているものの、復興が一端終わる5年頃には、今のような木材需要は望めなく、「ブランド三陸産材」の住宅建設の需要は、県産材補助金が後押しでの一時的な物と思う。復興終了後の需要はと言うと、人口減の日本の状況と生活保護者の急増と、高齢化の中で古い空屋やリフォームなどの拡大で、多くの木材需要は今後厳しく、林業を含めた林業も淘汰の時代は間違いなく来る。新たな販路を町外から全国へ発信し、付加価値を付けた南三陸町産材の開発で生き残る事はできる。全国の林業者も同等の競争社会に取り組む中で、生活のしにくい経済・社会の低下の時代に入った日本がある。
高齢化や生活保護家庭、福祉施設の需要拡大と、福祉社会が進み、町の事業所の減少は多くの業種に現れるだろう。
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町の税収は22年が13億円だったが、震災時の23年は5億7千万円に落ち込んだ。平成27年は水産業の再建が進み、見込みとして10億3300万円と予想し、震災前の8割まで戻ったと言う。今後は事業所の販路拡大と従業員不足で先行きは不透明となっている。
気仙沼の漁師の若者受け入れと、若い協力者が数多く参加している。と言う。歌津地区でも若手漁師の農漁業連携など、今まで町に無かった漁民の取り組みが報道されている。
民宿で見た新仮設魚市場の若手漁師の笑顔の輪に、大きな可能性を感じた。今日は役場内でもポスターを見つけた。町の税収アップはここにあるのは間違いがない。志津川魚市場も今年中に完成の槌音を聞く。
銀鮭は宮城の「伊達銀」として、全国へ南三陸町産の「美味しい銀鮭」を発信している。漁民も言う「漁民が食べない魚は消費者にも受け入れられるはずがない」との言葉に、銀鮭の新たな拡大と可能性を感じる。
還暦は「何も言うな」、こんな女川町の若者達の声を思い出す。町長さん貴方はもう終わった人かも!
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