2015
08/27

かがり火まつりは誰の為

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震災前の「かがり火まつり」は川への感謝のまつりで、町民といっしょに八幡川など志津川の多くの川への感謝の気持ちがここにある。そして町のイベントとして住民が集う場として定着し、家族連れが八幡川に集まる年一回のまつりとして定着していた。
「震災を語りつなぐ」の新聞の欄に、「格差は拡大した」と話し、趣味に支えられここまで来たが、多くの町の異変が「税金に跳ね返った」とその辛さを伝えていた。
震災前の共に助け合ったあの頃の、かがり火まつりの一コマがブログに残っていた。今月末の29日「かがり火まつり復興市」が志津川の仮設商店街で開催される。
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八幡川の汐見橋の近くにあったスタンド「伊藤屋」さんが解体されていた。
2か月ぶりの汐見町から本浜町へ向かった、その時にスタンドの瓦礫がやっと解体され、ガソリンタンクも掘り出されていた。他のスタンドは一軒が営業中で、もう一軒は未だにスタンド施設は壊れたままで、その場所を避けるように嵩上げか? 一時的な残土置き場となっている。
何で解体が進まなかったかと言うと、形がその残った事業所は個人が解体をしないといけない。ましてガソリクタンクの掘り出しには多くの資金が掛かり、それと施設解体は数千万にも及ぶ。タンクに於いては7割が補助の対象ながら、被災したスタンド事業所の再建は、自宅も全てを失った事業所には再建には資金が必要となる。

国民健康保険税は所得割であり、私の昨年までの国保税は60万円で議員報酬があり、ここまでの税金になった。今年はと言うと年間5万も行かない。経営不振の為と議員でない事で税金が下がった。私と父の収入は限られたもので、被災事業所の大変さがここにある。人も居なくなりお世話になっていた会社社長も被災・死亡し、お得意と言われる会社は3分の1になった。今後の事業発展も厳しい。
今日来社した社長さんは水産業で会社は震災前から、更なる復興をしていた。国保税の最高額は「80万円」と言う。私も震災後の税の減免からの税金は60万と、優秀な事業所・個人であったのか、と疑問があるが事実そうなのだろう。
別の来客は町の度重なる税収課税ミスに憤慨する。震災前まで遠洋漁業に従事し大震災で「陸に上がって何も判らない」と言う。何でこんなに税金が来るんだと税務課に行くと、「間違えました」と言われたと言う。役場職員しっかりして欲しい。自治体派遣の対応も納得しないと言う。町トップは派遣者に多くの感謝を言い、職員を守る事に一生懸命だ。「町民には何もしない」とも話す。もっと住民の身になり部下よりも大切に対応すべき! と声を大にして言って帰った。
初めての来客二人の話は、私の知らない部分があるが、これ以上言えない!

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