2015
08/25

子供たちの教育は家庭から 学校も事件隠しの体質は変わらず

大阪の事件と仙台の事件の同時発覚に、子供たちの生活環境は益々厳しくなっていると感じる。

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町づくりニュースの災害公営住宅の空き住居の報告に、志津川中央区の29年1月~3月の完成予定があった。この空は他の住宅より突出していて、1・2街区合わせて9戸あり募集をしていた。判り切った空で、町の災害公営の一番最後の完成で、苦渋の中で決定した「終の棲家」を震災から再び、暮らしの場の変更を余儀なくされた。
写真は現在の志津川中央区ながら、この姿から新しい集落の形成は想像もできないが、震災後1年も経たない内に整備の予想図が示され、希望を胸に選択した場所からの変更は多く、その理由は時間の掛かりすぎる事は誰も分かっているのに、その対策を講じなくここまできている。誰の責任かはもう言った所で始まらなく、今更の変更は無理で最悪は、予定どおりを完成する事を願うしかない。

大阪の2人の中学生は46歳の男性による殺害は、猟奇を逸した鬼畜の犯罪で、未だにその殺害の真相は判っていなく、本人の自白は無い。夜中の午前1時に商店街を歩く子供、それを「いけない事」「危険」と判断できない親がいる。友達の所に泊まる事や野宿する事を、何の不思議と思わない気持ちは、家庭状況もあるだろうが、今の世間で起こっている異常な事件を思えば、叱る事が当たり前の親と思う。
仙台の中学生の昨年秋の自殺は今月の発表・発覚があった。学校と担任の「転向した」との生徒への報告は、自分達が防ぎきれなかった不祥事の隠ぺいでしかない。学校からの連絡か? 市教育委員会の迅速は発表があった。11名の生徒による「いじめ」は多種多様な形で行われ、その果てに一人の生徒を死に走らせた。学校の説明では「両親の意向」と言うが、追いやった生徒のいる学校への新入学生の保護者は望まないだろう。学校と先生は我が身の保身に走った結果が、これまでの学校の信頼と栄光の伝統までも、関わった先生方は失墜させた。その責任は大きく、13歳~15歳の生徒であっても、その行った罪の償いを負わせる事が、将来大人になって「罪の重さ」と「再発を防ぐ事」に繋がると思う。大きく叱る事、叱る訳をしっかり伝え理解させる事が大切と私は考える。私が剣道に関わった児童生徒の問題の声が聞こえてこない事は、指導が間違っていない事だったと思う。中学校の指導は今から7年前頃から学校と保護者の考えで、関わりが今は無くなっている。スポ少もそろそろ卒業と思っている。
仙台の事件が大阪の事件の延長線にあると私は考える。
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