2015
08/16

一日も早い被災住民に生活の安心感を


宮城県の多くの被災自治体の住民が、復旧復興による住宅再建へと進み、行政任せでない自己再建も「もう待てない」との気持ちが、生活環境の整った場所へと移転している。我が町は現状を見ても29年以降となり、年代による住民形成が今後に添わない年齢層となりつつある。救急搬送が年間1千件を超え、搬送年齢は65歳以上の高齢者が「66%」を締めている。今年5月になりやっと行政は「人口減対策」に乗り出した。「もう遅きに失した」、大好きな志津川と住み続けた町民は、行政の震災対応に諦めを感じ町を捨てた。

こないだまでの35℃を超える夏の猛暑から、一週間の曇りと突然の雨により、汗だくとなった肌着が溜まりに溜まっていた。昨日は晴れのち曇りの天気予報で、朝6時にチャンスとばかりに洗濯をした。一竿いっぱいの洗濯物に気持ち良さを感じる。60歳を前に従業員には「加齢臭」に気を付けて下さいと言われ、猛暑の今期は3日に一回の洗濯を励行している。この日も午後ににわか雨が降った。
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午前中に歌津の「海の運動会in田の浦」に出掛けて来た。11時ごろになり「ウニ獲り競争」がこれからと言う時で、漁師さんの船に海難胴衣を見にまとい、5隻の船が一斉に田の浦の漁場に向かっていた。「ジェジェ・ジェ!」の音楽が流れ、大人から子供まで田の浦地区の人から、地区外の人達が最終となった夏の海を楽しんだ。
開催したのは「NPO法人田の浦ファンクラブ」と地区の契約会が主催し、今年で3回目となる。参加料は南三陸町民が無料で、一般は3千円で懇親会費と田の浦産塩蔵若布プレゼントが含まれる。ハーフタイムの11時からは、歌あり踊りありで、無料炊き出しのサービスもあった。
その後は「名足災害公営住宅」を近くから建物を見ると、入谷の住宅との違いを感じる。仮設のような鉄骨の踊り場と比べ、名足は震災前と同じような町営住宅のような柔らかさを感じた。しかし、津波の押し寄せた「名足漁港」が住宅から見え、私的にはその脅威が蘇るようだ。最後に長須賀海岸に行くと、堤防の高さ「8.7m」
のこの位置までが防潮堤との看板に掲示されてあり、素晴らしい南三陸のリアスの海岸が、整備されてから海岸道路から望む事ができないのが寂しい。以前の海水浴場前にあった民宿街は、今場所での再建は諦め、一軒だけが10分ぐらいの山間に移転し開店した。

13日に南三陸町でボランティアをした二人が、戸倉の住民の支援により「神割崎プラザ」で結婚式をおこなったと言う。さいたま市の二人の祝福に地区住民も参加した。こうした活動は再オープンした「オートキャンプ場」と観光プラザの発信になる。震災での人との繋がりを今後も大切にしていきたい。知人の子供達が蚊に刺されたと大騒ぎ、防虫スプーレーは必要です。
歌津舘浜地区の仮設が歌津中近くに移築され、町営住宅として再活用される。完成した2DKが2万4千円で、3DKが3万5千円と、町に移住する人たちの受け皿として有効利用される。今回は5戸だが、今年中には残りの10戸も移築し活用する。

歌津の海岸線の状況を見るのは1年ぶりかも知れない。

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