2015
08/13

復旧復興工事の遅延の場所ばかりの町の姿


志津川地区の東工区北が写真のこの場所にあたる。当初は「90世帯」り希望の元に造成が始まったが、現在は造成に時間が時間が掛かる為か、その戸数が当初より減ったと聞く。
28年度末の東工区の総てが完了で進んでいるが、東の東は15戸が引き渡しとなり、集合住宅も工事に入ったが、28年に入ってからの入居となる見込みだ。東の西もと他が整備されしだい引き渡しがされる。東の北のメイン道路は「高台横断道路」であり、この壮大な工事は復興計画の10年間を要する工事のようだ。
北工区の工事も新造成されていた集会所への上り坂を、大型トラックが一日50台通行するとの予定も、6月ごろから始まると言っていたが、未だに始まっていないルートは、変更になったのか、今後なのかも予定から変わっている。ゼネコンとて大小あり工期の短縮で進められるかというと、伸びても短縮は厳しいだろう。
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国立競技場の建設でのゴタゴタが今も続いている。当初の1300億がゼネコンの建設予算の計算で、3000億となり、内容変更で「2520億円」の建設工事費に国民の大反発がある。
「コンクリートから人へ」の政権奪取の民主党は、ダムの工事差し止めや高速の無料化や、国民への社会保障などの改革へ取り組んでいた。デフレの中で社会経済の低迷からの解決へと繋がらない中で、鳩山首相の沖縄基地の身勝手な発言で党が揺らぎ、大震災での管首相の原発対応で民主は、国民の信頼を失い国民の「政界再編」による日本は変われると言う夢までもを失墜させた。今後も民主での政権奪回は無理で、野党が各党の主張を分け合わないと実現しなく、共産党の主張への国民の理解が選挙ごとに高まっている。
南三陸町に留まらない被災地の「復興計画」の予算算出は、UR都市機構が町から委託され、平時の工事費とは違って、ゼネコンの「言い値」で早期の工事が進められている。そこには競争意識は無く、国の復興の為と言う名目の元で、過剰な予算もそのままで議会通過している。政治家と官僚そしてゼネコンの癒着関係が再現している気がする。
民主が「コンクリートから人へ」の改革で、建設会社の低迷が続いていた中で、大震災とオリンピックによる建設業の特需が後6・7年続く。しかし、こうした作り出された特需は終わり、更なる氷河期がやって来る。日本の人口減少の理由は「お金による幸福」からの脱却が必要と思う。ささやかながら楽しい生活で、子宝が最高の幸せと思える社会環境造りが大切だ。禁欲に走る人間の拡大は日本の滅びへと繋がる。

お盆なのに又よけいな事を考えている自分がいる。沼田第一仮設には現在40世帯が暮らしている。最後の集約で病院・役場に近いこの仮設は最後まで残る気がする。
宮城県議会議員選挙の「気仙沼・本吉地区」は、3人の定員ながら現在まで気仙沼のみの5人の出馬で推移している。以前は本吉郡と言っても、今は南三陸町の一つでしかない。町で唯一だった県議が震災で議会を去り、現在町議の今野氏が我が町から立候補したが落選した。その町からの出馬の意義は大きいと私は思っている。人口7万の気仙沼市ながら、南三陸町も現在1.4万人が暮らす。南三陸町の問題点を県に訴える人が居ない事は、前県議の後継者対策を考えなかった事にある。我が町のトップの後継者も今は見当たらない。将来の不安ばかりが我が町にある。県内の農協も3つに集約され、新たな農政に動き始まる。この町はこのままで進む事は危険の何物でもない。登米市の合併は絶対してもらいたく私はない。
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