2015
08/07

熱中症で今夏初めて町民が犠牲に


昨夕のニュースで「南三陸町」の名称で耳を傾けた。85歳の高齢者が家の中で倒れているのが見つかり、病院へ搬送されたものの死亡が確認された。テレビの家は立派で新築されたものと思う。新たな場所での生活再開は、以前の集落での繋がりと同じとは言えなく、近所付き合いや浜沿いの高台、家族の生活の為の分裂など、健康維持や管理に多くの不安を感じる。
我が家は工業団地の中の住居なので、近所には工場で働く人だけしかいない。父に気を配るのは私と従業員一人で、常に言う事は「できるだけ自分の事は自分で」だが、92歳の父には過酷かもしれない。自分の部屋にはエアコンがあり、温度計を「22℃」に保つ事を心がけている。年のせいか「温度感覚のマヒ」を感じる。部屋が寒すぎると指摘をする。昨日の南三陸町は県内2位の「36.6℃」だった。
昨日は父のお客さんがあった。2か月に一回ぐらいの割合で、水戸から被災地支援の布教活動の、拠点として我が家を利用している。父の会話相手と考えているが、父の一つだけの部屋を使い、朝から布団揚げと掃除に「ブーブー」言っている。自分が負担とならない事をして欲しいと朝話した。
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ホヤを頂いた日から1週間が経つ、また、ホヤが恋しくなる。グロテクスながら「ホヤは貝」である。夏のホヤは厚く、綺麗に本身だけを刺身にし、酢しょうゆでキューリや青しそを添えれば、高級料亭の一品と思う。独特の甘さは何とも言えないが内臓と見栄えが、一部の人達と日本以南の人は苦手という人が多い。一週間前の食卓は「ホヤ三昧」で暑い夏にビールも進む。こないだも「ホヤ食べる」のお得意さん奥さんの声に、喉から手がでるくらいの気持ちながら、いつもお世話になっいるので「欲しい」とは言えなかった。朝仕事でのホヤ加工の時間を今はおしい。
先週の石巻市の灯篭流しをテレビで見た。「鎮魂」そのもので、ここには商売と特化した姿勢は無い。石巻の突端の海岸線の集落は全滅し、多くの市民が亡くなり、死者を思い霊を癒す光景がそこに広がっていた。靖国神社参拝で英霊を祭る場所ながら、若者たちの相手探しの場となり、出店を廃止した。静かになった参道に毎年通う人達は、昔のようで落ち着くと言う。何でもかんでも商売としようとする姿勢は、何処か間違っていて違和感を私は感じる。
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