2015
07/27

うに開口

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昨日の午後、町の防災無線が明日の「うに開口」を告げる。朝、4時半から7時半の3時間が捕獲の勝負だ。聞く範囲だと「捕ったウニ殻は海に捨てない」「自分での捕獲で漁協の買取はない」「野島以外で捕獲する」・・、こんな内容で志津川漁協は組合員に開口連絡をする。今日は絶好の漁業日和で「べたなぎ」で漁もし易い状況、こんな日を「開口日」と漁協が決定する。
この写真は「はまゆり大橋」の中間から撮影した。荒島とデベソ島の周囲が漁場と選んだ漁民が10隻集まっていた。砂浜はあるもののまだ海水浴場としては整備されていないが、「サンオーレ袖浜」の海水浴場の復旧工事は決定したが、もう少し先となりそうだ。60歳前後の私たち世代は、大森海水浴場と袖浜海水浴場の中間に荒島が鎮座し、切り立った崖がこの両側にはあった。干潮時には大森から荒島までは行けたが、荒島から袖浜までの海岸線はその行く手を崖が防いでいた。ここは人が立ち寄れず、うに・アワビの住家で、昆布・若布・カジメなど、魚貝が生息するには最高の場所だった。
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5月1日から8月31日までが「うに丼」の期間としてある。しかし、年中、「うに丼」が食べられる今となっている。ウニが産卵期に入ると白い部分が身に混じる。昔から「旬の今」にうにを食べるのが一番美味しい。温かいご飯茶碗にうにをスプーンで3杯ほど載せ、私は醤油をたらし「かきこむ」、こんな食べ方が最高と思っている。私の周辺にも「うには苦手」「食べ過ぎるとお腹をこわす」など、人により好き嫌いも多い。地元でもこんなにうにを食べる事はない。昨夜も知人が持って来てくれた「塩うに」を食べた。
夏は南三陸町の「うに丼」も旅の楽しみの一つです。
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友人が登米市に今日の引っ越しをした。寂しいよ! 死ぬまで「南三陸町志津川」で楽しく暮らすはずだったのに、何故なんだ。
私の友達同級生の子供達の結婚・孫の誕生と、多くの問題の中で、「何時までも仮設の生活を続けられない」、こんな年代のせいもありそうだ。
子ども達の新たな出発に「資金提供」も親としてしないといけない等、被災した仲間たちの両親の事そして自分の事と、総てに悩み苦しみ地元再建を諦めた他の仲間も沢山いる。ここで暮らし続ける事は当然の考えながら、長引く土地造成に「別にここでなくても」「子供達の事を考えたら何処でも」と、新たな60歳を過ぎての生活行動を模索する。
やっぱり待つ事の限界は2年だろう。二年で出来る住民再建の場所を町は考えるべきだった。また、短期間でできる移転土地の確保にもっと本気であたり、土地代の軽減策を講ずるべきだった。町長が鉄路の復活を早々に諦めたように、貴方の政策について行かないと決定が、町民の町からの脱出だ。
「安保法制」の議論が参議院で今日から審議に入った。安倍総理の早急な法案の通過は、米国議会での「夏まで」がある。国民の5割以上の反対に対する総理の決断は、アメリカとの約束の筋を通す事とでは、民意とどちらが大切か。
「日本を守る・国民の生命を守る」、安保法制の大切さも私は理解するが、もっと議論を付くし正直に国民に訴えないと、安倍政権の今後は参議院選の結果に大きく現れると私は思う。政治は同じことを繰り返すが、ここまで頑張った安倍政権、立ち止まりもう一度、政治政策の推敲をしたらと思う。国会論争を明日から見ます。また同じ議論ではなく発展的な論議をし尽くして欲しい。
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