2015
07/25

生みの苦しみ


今日は志津川湾夏まつりなのに、天気は雨模様となりました。トコヤッサイなど多くのイベント出演者はがっかりでしょう。天気予報は「曇り」ながら明日は「曇りのち晴れ」、午後からの祭り開催で雨が止む期待は大です。
写真は新井田地区の河川の変更による工事と、45号のルート変更の嵩上げされる入口にあたり、その場所がここで大きな「う回路」となっている。
道路渋滞がここから旧駅前まで続いている。込み合うのは役場・病院・工事関係者・加工場従業員が帰宅する夕方で、5時15分から6時15分です。昼間はこの商工団地と東工区に多くの人が働いている事を示している。また、朝はその逆となり7時45分から8時15分頃が出勤のピークとなっている。その中には多くの大型トラックもあり危険がいっぱいながら、南三陸町は意外と大事故はないと思う。
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突然に交互通行の交通整理の「止まれ」に会う。う回路とトラックの蔭から突然見える、よそ見は被災地では最大の危険・事故を生む。夜はもっと危険でアスファルト舗装など、工事車両の拡大で道路の劣化も早いためだろう。市街地の電線工事・水道管工事・外構工事などの多くの復興事業があり、全面通行止めはう回路の設置など、道路を造ったり壊したりの繰り返しだ。嵩上げも「仮置き場」なのか「一時の土盛り」なのかは、生活している住民には分からない。三陸道の工事の土も同じように、空き地と言う空き地を利用し、残土の一時置き場として町が取得した場所に大山のように盛られている。
「無駄が多い」と被災住民は口々に巷で話す。
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朝8時から「交流会」で多くの支援の繋がりとこれからの絆の維持について話す機会を得た。
福岡・広島・愛知・東京など、全国の方々が参加した被災地支援の会で、広島に避難していた袖浜「明神崎荘」の奥さんとの関わりで、被災地の現状を各県の仲間の皆さんへの「被災地発信」と、会員の皆さんで支援し早く南三陸町の民宿再建を願い、開店支援として皿など送り、早期の帰還の達成への活動を続けている。
8時30分には気仙沼と陸前高田への被災地の現状視察と、支援に何ができるか調査に向かった。23・24日の来町で仮設生活者への支援をし、南三陸町で宿泊し時間の限り被災地を学び、地元に帰り災害・防災に何をすれば良いのかを、多くの被災者聴き、今後の防災対策に活用したいと言う。

還暦の大雄寺さんへの慰霊の「角塔婆」の設置の段取りを完了し、お盆前の8日9日の建立を計画する。中瀬町からの墓所の駐車場の上に建立する予定だ。31年生まれの仲間の会で近くへ来たら、合掌で慰霊の意を示していただきたい。建立場所を見に行ったら、昭和43年度戸倉中学校卒業生の「角塔婆」も建てられていた。ちなみに我々は昭和46年度の志津川中学校の卒業生徒となる。
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