2015
07/19

過去に学んだ現在


この配電盤の動力電気のあった事に感謝したい。その工場の持ち主が津波被害なく、被災者に対する救済の気持ちが強かった事、そして私の知人だったことで、23、3,11の震災からその年の5月の仮工場の準備ができ、7月からの営業で今がある事を、これまでの歩みで実感している。
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何も無くなった我が町「志津川」の姿を見ながらの再建は、議員で居たことで自己の責務と、会社の復活への取り組みで、辛い苦しいなどの気持ちとならないままで、あの5か月を過ごし、一年間そして2年3年と、勢いのままに生きて来た。
志津川の商工団地の倉庫の暮らしと、仮設での入浴ができ落ち着いた日々があった。戸倉の事務所と工場で事業の再開は、山の牛舎の仕事はいっぱいの緑と四季の花々の温もりで、被災地である事を忘れさせてくれた。荒町にくる事で倉庫のベット暮らしの母を父に任せ、仕事の再建と被災した方々への支援ができ、苦しい事など微塵も感じなかった。
住宅建設で係った建設会社の理不尽な対応で、3か月の工事期間も約一か年の工事期間となった。しかし、26年4月17日の工場と自宅の生活の開始は周囲の人達の支援で迎える事ができた。
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皆さんはこんな町並見た事ありますか。私も2か月ぶりにこの高台造成地を訪れた。歌津地区の寄木と韮の浜の移転地です。40戸の整備戸数ながら、5戸の再募集を行政は呼びかけていた。現在、見える限りで約30戸余りが既に建設完了だったり、建設中の建物も多く見られる。歌津福祉施設「つつじ園」の前のこの場所は、旧寄木浜への道路が良く分からなくなっていた。

そのまま本吉まで行った。歌津の友人が寂しいが本吉に自宅を移した。
帰り小泉川に建設中の高架橋の建設現場に寄った。志津川の河川に架かる橋の工事よりは早い気がした。
他の復旧工事を見ると私だけだろうか? 早く感じる。

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