2015
07/09

被災者は自分の事で精一杯

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今月17日(金)は志津川高校同窓会が6時から南三陸プラザで開催されます。会費は3千円で今年卒業した新会員は無料です。母校の活躍を支援していきましょう。入谷地区出身の新山内校長は私たち「59歳」の同級生です。母校に帰って来た同窓生を応援しましょう。現在私を含めた「3年4組」の仲間3人が参加する予定です。
志津川市街地のう回路がまた変わりました。交通整理の人はいるものの、道路変更は高齢者には危険がいっぱいです。テレビでも高齢者が線路に紛れ込み2K余りも走行し、対向する列車とすれ違ったし言う。72歳男性で道に迷い線路に入ったと言う。開かずの踏切の事故も、高齢者が事故の犠牲になっている。南三陸町には「踏切」は無いが、石巻に行った時、海岸地区の津波被害があり内陸部への住民移転があり、ある店を探しに踏切を5回も渡った。まるっきり車での踏切横断のない私に取っては、左右安全確認に念には念を入れ走行した。
石巻市の海岸部のとある内陸が大きく変わっていた。震災前に田んぼや畑だった広大な土地が、被災者の新興住宅や災害公営住宅へと復興していた。スーパーや病院を初めとし、商店・企業が進出していた。人が集まる事で町づくりが成立していた。
昨日は大阪の交流会で来町した東大阪からのお土産を、登米市・気仙沼へ届け送った方々から御礼の電話が届いた。互いの町からのお土産は地域の商店販売へと繋がり、小さいが地域の活性化となる。京都の観光客が世界で選ぶ都市で2年連続一番となった。宿泊する観光客が年間「183万人」に上った。食事・商店だけでない伝統・歴史などの場所への観光への魅力があると言う。その地区の持っている昔からの財産が発信源となっている。
現在の南三陸町の報道記事は、防災庁舎と学校活動の掲載が多い、民宿の再建は3軒しかなく津波被害を免れた宿泊施設があるだけだ。新しく漁業民宿や大学研修施設ができた。交流人口の日帰りでは、町の素晴らしさを見つける旅とはならないと思う。人口の減少は大手ホテルの進出も、従業員の確保がならない事があり、企業誘致は厳しく「観光グッブ」「被災地発信商品」だけが、町の新たな産業として今発展している。
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午後に歌津へ行って来た。平成の森仮設に行きその後で舘寺「津龍院」の本堂を見に行った。山門は現在「お盆」を前にした建設が進み、本堂も細部にあたり建設業者が手を加えていた。
知らなかったが東日本大震災で亡くなった檀家の、名前を刻んだ慰霊碑が建っていた。70歳前後の高齢者の方が多い中で、仙台・気仙沼の方々の名前もあった。役場職員の亜里沙さんや2歳の幼児の死に、家族の悔しさ悲しさが伝わってきた。(合掌)
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