2015
06/27

何も判らない


旧「くろしおグランド」から防災庁舎を望むが、6m位の河川堤防の基礎嵩上げがそびえ何も見えない。八幡川が新しく生まれ変わり、中橋は人が歩くモニュメント構造となり、観光客で埋め尽くされると構想を町は描く。失敗できない町づくりが進む。
昨日、「グループ補助事業」の説明会がポータルセンターであった。30名の事業主が最後に近くなった補助事業の説明に、真剣に耳を傾けた。商工会の担当者は言う「補助制度は厳しいです」と前置きして始まった。私も5名の異業種のメンバーを集め、昨年取り組んだが、新しい制度の改革があり、それで申し込んだ方が良いとの商工会のアドバイスから、今回の説明に臨んだ。多くのメンバーで新しい「グループ補助事業」に取り組む事で、通る可能性が高いと話す。しかし、「事業が通過しても大変です」と念を押し話す。
希望する事業者も、ここ一年での諸々の個々の状況から、断念する人も多く、私もその一人です。人・事業所の少ない町で仕事の急激な減少を肌で感じる。少しの復興特需があり再建の光明が見えかかったが、その厳しい環境に今後の経営の在り方を再度考えた。不況業種で高齢化と町の人口減、新しい生活状況に色々な事業を試したが、中途半端の事業は簡単に成功する訳もない。
今更何ができるだろう? 30代の毎日が多忙な時期を15年間過ごし、普通の時代となり50歳代で厳しい経営の時代となり、大震災で我武者羅にここまで生きて来た。
何も無くなりそんな中で、ここまで不安も怖い物もなく進んできた。少し落ち着き将来を考えた時、何処かで歯車が変わってしまった。
工場・自宅再建で、関わった人間からの理不尽な対応を受け、国の制度も年々変わる事に付いて行けない状況に、自分自身情けない。人の為に何が出来るかと言うと、限られた情報と行動力を活用し、身近な所に支援するしかない。
夜中に「ふと」、大きな借金と問題に押しつぶされそうになる。何もしない事が一番楽と思う時に、私のこれまでの「志津川の為」が、日々薄れて行っている。一人では何もできない事を今頃知った。

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