2015
06/18

私の7つのブログは旧志津川の写真の宝庫

IMG_7512志津川市街地
現在、我が社のホームページの作成をしている。昨年の3月から更新が途絶えて、何とか見てくれる皆さんに町の変化を伝えたい。
作成にあたり今までの発信データの整理もしていて、その中の写真に懐かしさを感じ見いってしまい、昨日は何の仕事もできなかった。5人の20代の従業員の「ヤングブログ」に目を通し、こんな賑やかな楽しい時代があったが、今回の大震災で全てが変わった。従業員は全て無事で新しい生活に今頑張っているものの、総ての従業員の仕事の維持は、工場・自宅の全てを無くし、多くの優しいお得意様も被災し、仕事の流れの変化もあり、継続の雇用とはならなかった。20代の若い女性従業員4人は町を離れ、新しい地で生活を再開している。私は若いI・Uターンの求職者を震災3年前から、多く雇用を続けた。何気なくやっていた会社の運営は、今考えれば社会的な人口減少を見越した活動だったのかもしれない。私が経営の主体となり二人が結婚し、今も町に残っている。
震災前に退社した従業員の作成のブログがあり、目を通し「助けられなかったかな?」と、当時の1年を思い出す。彼の作ったブログの形は今後も残し、再会し更新を考えている。
写真は八幡川川面に映る川沿いの家屋です。今は何も無くなったが、私の所には思い出す材料が沢山ある。津波は全てを破壊し、全てが「海の藻くず」となってしまった。今後どこかで公開できる方法を考えている。
IMG_4037222ブログ9
以前は志津川に多くの「蔵」があった。倉は火災などから古い歴史を伝える物を残してきたが、大震災の津波は土台も残さず、その脅威の破壊力を町民は知る事となった。しかし、自然災害は繰り返されて、その時代で集落の再建を果たしてきた。今の日本の置かれている「人口減少」を考えれば、各々の自治体が残っていくには人口の確保でしかない。
何も考えられない、対策をできない多くの全国の自治体がある。一人一人の町民の心が一つにならないと、この問題は解決できないと思う。
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