2015
06/16

生活弱者のことを考慮に入れた政策を


仮設を登米市に建設した行政の決断があり、この事で大きな町への影響が出ている。生活環境の良い南方仮設の町民の3分の1が、復興が進まない南三陸町を諦め登米市での生活を決断した。横山地区の町の仮設は商店が無く、登米市まで買い物に向かわないと、生活ができない為、登米市まで買い物に行くしかない。この場所への仮設は住民の2次被害的として考える。住民の多くが知らぬ間に移転し、被災地区から集まったコミニティーの助け合いは薄れている。各々の地区での習慣や昔ながらの繋がりは、異質なもので密接な繋がりはなかなかできないままでいた。長屋の仮設には半分以上が移転していた。豊里の駅前の土地造成地は坪「3.5万」であり、町の土地確保には5.5万~6.5万円と、町への帰還は自己の財源が繁栄され、以外と多くが登米市豊里で再建を果たしている。
志津川高校の校舎裏の志津川西地区の造成は、高校の直ぐ裏山まできている。造成地の土砂災害を心配する。
町の仮設集約があり、空き部屋に新たな住人が入る。行政は近隣の仮設との交流を促し、どんな人が町に入って来たのかを、個人情報の壁はあるだろうが、安心して生活できる環境の確保は当然の事だろう。高齢者も多く脅威・異変に対応はできるはずもなく、おとなしく静かに仮設で暮らす苦痛を感じる。
「買い上げ住宅」の期間が、福島は16年度で終了する。宮城県でも同じと思う。現在の町民が暮らす仮設以外が「みなし仮設」と判断すると、県の事業として実施し、この16年度は再来年末にあたる。この事業が終わる事を町は理解し、その町民の帰郷に対策は出来ているのかと言うと疑問である。ここにはっきりとした町の人口が表れてくる。
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生活環境の整った生活から、何もない復興途上の町に帰って来れるだろうか。みなしは現在600世帯があり「50世帯」は既に、買い上げ住宅から自己の生活再建を確保し、次の新しい生活に入っている。
プレミアム商品券が順調に買い求められている。そうは感じていたが、登米市に暮らす仮設生活者は購入しているかと言うと違っていた。買っても町までわざわざ来れないし、近くに買える店も無いと言う。こんな話しを聞くと誰の為の町の政策かと頭を抱える。他の自治体に無い「4割増し商品券」の半分の財源を、介護保険料の上乗せ分の「1500円」に充てる事を考えなかったのかと思う。地方創生の予算ながら、別な理由で高齢者の救済はできたはずだ。
昨日の議会委員会の「請願の採決」は10対4で採決された。今後は行政トップの判断へと移る。絶対に町は「保存」で行くと思う。「住民で議論する」はどんな方法をとるのか。「後世への遺構保存」は県有化の20年で、保存・維持費が捻出され町の持ち出しはないが、復興の工事の遅れや、土地整備の遅れは町にどんな影響を与えるのかは、今の所わからない。
私はあの場所は「遺族にとって特別な場所であり、あの防災庁舎さえなければ」との思いは強い。「遺族の物ではない」は権利上なのか、町の為に尽くしてきた家族の死を、人間の「情」としての心の欠如がある。今後、新しい町を担う若者達は、古き伝統と先人の言葉にもっと耳を傾ける、人に優しい町づくりを願うばかりだ。
請願者の心情は「もっと議論をつくして」ながら、町は「観光で人を呼び込むのに欠かせない」との、町財政の確保を視野に入れてのもので、決して請願者の思いを大切に考えての事では無い。
今後の町と議会の取組と、議員の個々の活動を注視していきたい。互いの利益共有が錯綜する防災庁舎問題、部下だった職員の家族を思う気持ちが、時間と共に消えうせていると思う。
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