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2015
06/14

生活不活発病


昨夜「南三陸町の生活不活発病取り組み」のドュメントをNHKで放送していた。懐かしい顔ぶれの高齢者と保健福祉課の職員が、生活不活発病の日本での取り組みの先端者に、被災地で生活する高齢者から聞き取りで、生活の仕方で生活不活発の改善に取り組んでいた。
現在の町の高齢者の置かれている状況に病が潜んでいた。このままでの家に閉じこもりは、筋肉・心肺・脳の老化と、将来に寝たきりとなる原因とリスクがあると、その先生は話していた。「楽しい事をしましょう」と語る。ある高齢者は「姉に会いにいきたい」とその望みを話し、膝が痛い腰が痛いと、坂を上っての姉への家まで行けなかった。先生は「歩いてみましょう」と言う。速足のおばあさんに「少し休みましょう、ゆっくりと」と助言し、姉も妹の来てくれた事に驚く。もう一つの夢だった「孫の結婚式」にも参加できた。たしかその男性は志中剣道部男子のキャプテンだった。「こんなにも大きくなり結婚!」、私はこの事に驚いた。寝たきりになると生活も限られるが、高齢になっても歩ける事で、家族と沢山の場を共に喜びを感じられる。
出ている高齢者は町の関係の方が主だった。もっと苦しい仮設生活者を思うと、その視点を眼の届かない生活困窮者に向けて欲しい。
「生活不活発病」を生活習慣病と勘違いしていた。このテレビで朝に家族会議となり、歩く事と何かの目標を持つ事、好きな事楽しい事を積極的に行う! などを話し合った。しかし、もっている病気と先生の指導の元にと付け加えた。

町への支援をした方々に地元の物を贈り続けたが、「もっと喜ぶものを」と町外に求め、仙台に行って来た。当初はワカメ・のり・蒲鉾・お菓子・お酒など、地元の商店から買い求めた。もう何を贈ったらいいか思案に苦しんだ。思い切り仙台のお中元セールを見学に行き、「白石うーめん」と「仙台最中」を贈った。大阪での至れり尽くせりの招待を受け、申し訳ないとの気持ちが募った。「何もいいから」と大阪の知人は言われるが、何時までも対外的に被災者とは私は思っていない。対等の間柄で未だに苦しんでいる方々への、支援の綱渡しが私の使命でるあると考える。
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帰りは石巻ジャスコによる。体系的に異常な私の体、合う服が地元では買えなく町外に行く。車の免許証は生活の生命線でもあり、こうして遠くまで買い物へも行ける。
今日は昨日戸倉西戸を通過すると奥の方で棟上げをしていた。剣道の教え子が牛舎の建設と以前フェイスブックで見たので、お祝いに行ってみようと思う。また、高校仮設で暮らす知人の友達への顔出しに行って見る。その他に商工会の「グループ補助金」の説明書を町内と横山まで持って行きたい。
こんな行動からも私に生活不活発病は、まだまだ先のようだ。
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