2015
06/13

震災後の全国からの剣道防具に感謝


全国の剣道愛好家の皆さんから送られた防具、色が剥げて傷ついた汗のしみ込んだ面・小手に皆さんの心が詰まっている。
震災後の電話で「使っていた防具ですが送ってもいいですか」、こんな電話が数軒、千葉県・佐賀県などから届いた。支援の心を無にする事はできなく頂いた。「何も気にしないでイイですから」の言葉に甘え、宅急便の連絡場所も混乱の中で紛失した。電話での感謝の言葉で終わってしまった。戸倉の教え子も剣道のサイトから、「出身の少年団が被災し支援を」とお願いし、それにも全国の少年団が応えてくれた。そんな使い込んだ防具の数々は捨てられなく、「あの世まで持って行こう」と思わずにはいられない。
日本剣道連盟の被災地の剣道少年にも防具の支援があり、我が団だと9個ぐらいは小学生から、進んだ中学校で本人が使い、現在は返って来た2個しかない。いつまでか私の剣道活動が続いていたら、南三陸町の新しい子供達にも使ってもらいたい。
CIMG2048.jpg
現在2人の兄弟が志津川剣道スポ少の団員として、21日の学年別の県剣道選手権本吉大会に出場する。昨夜も厳しい指導と撃を飛ばした。素直で優しい子、剣道剣士として開花するには、もう少し時間が掛かりそうだ。4年と2年の二人だけの団で、昨年・一昨年と入れ替わりはあるが団員は二人だ。
震災の時は「戸倉剣道スポ少」だったが、私の器の小ささから、震災の影響で在籍していた8名の子供達は中学生となり団を去り、3人の兄弟が残り3人も小中の団員から退団した。中学校の指導者からの誘いはあるが、愛着の強い私の性格は、更なるのめり込みと、自我の強い剣道指導は輪を乱しそうで怖い。無理かな!
戸倉スポ少から古巣の「志津川剣道スポ少」の伝統を引き継ごうと、大先生の「遠藤さん」の指導を学び、舞い戻り継続し指導にあたっている現在です。「継続は力」と言うが体調が年々悪くなっている。あと何年・何か月続けられるのかと考えると、今の子供達への熱意がある限りは続ける義務を感じ、前のめりで大好きな剣道を続けて行きたい。
1年生の「陽」の泣きながら向かう姿に、涙が出てしまう、頑張る子供たちの姿勢に力を貰い、南三陸町の大人も子供から学んで欲しい。「頑張りましょう南三陸町で!」、子供達もこんな厳しい環境で頑張っているのだから。
嬉しい事が一つ、仲間の再建に伴い、疎開していた家族が帰って来た。長女の学校への転入などがあり忙しいと話す。離ればなれになっていた家族5人が、志津川で又共に暮らす。5年目を迎えてのバラバラとなった長い生活にピリョウドを打つ。
スポンサーサイト

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 08:03 】

COMMENT
POST A COMMENT


















 TOP