2015
05/22

大好きな街「志津川」そして嫌いな町バイバイ


昨日の葬儀の3代目の弔辞、「じいちゃんの笑顔が好き」「職人気質なじいちゃんは物造りを教えてくれた」「誇りにじいちぁんを思っている」と話す。私と同じ三代目ながら置かれている環境は大きく違う。そんな状況で祖父から学んだ優しさと精神で、この大震災を乗り越える為、沿岸漁業の漁師さんに働きやすい物を造る、精神を学び父の背中を見て、又おおくの技術を習得していた。頑張れ南三陸町の若き経営者として!
私は父を同じように敬愛し尊敬し、この家業を継ぎ4代目への継続を目指してはいるが、厳しい現状で楽しみながらもがいている。100年に一度の大震災を体験し、苦しみだけで生きていくには、余りにも淋しく悲し過ぎる。余分な力はいまだに苦しむ人たちを支援し、分けて上げる事を日課にしている。
震災からの風化で販売不振が深刻となりつつある今、今回の活動でも知人を少しは救う事ができたと思っている。先人の皆さんへの感謝も、忙しい中でも続け忘れない、今後も同じ行動取りたい。
写真は地中に埋まった我が家の光景の場所です。何も判らない。ただ「海の前にあった家」と言う事だけだ。
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