2015
05/18

橋下維新党首ご苦労様でした


今週末に「大阪府印刷工業組合60周年」の式典・祝賀会に、県印刷工業組合本吉・気仙沼支部との友好支部締結をした、東大阪支部からのご招待を頂き出席をする。これまでの当支部や南三陸町への観光支援・産品購入支援など、沢山の応援への感謝の意味で出席を決意した。
昨日の大阪都構想の「住民投票」は、橋下徹の政治生命を掛けた、究極の政治活動と言えるだろう。66.8%の投票率は前回の国政選挙より、10ポイントも高く、自分たちの暮らす大阪府の大改革に興味も確かに多かった。7年半前に弁護士タレントから「大阪府府知事」選挙の噂に、200%の出馬は無いと言い、一週間後に出馬を決め大差で当選した。「何かをかえないと」と「無駄な二重行政はおかしい」など、多くの府の問題点の解決に取り組んだ。任期途中に大阪市長選挙に出馬し当選と、維新の大阪での活動は全国へと移った。「人付き合いが下手」と言うとおり、自分の思った通りの活動に、後押ししてくれる仲間が増えたものの、反発する市民も多かった。都構想では60歳以上の都民が、将来への不安から反対に回ったと言う。投票前の世論調査では「劣性」が伝えられ、3週間の選挙運動から終盤は橋下の笑顔が消えた。結果は69万人が賛成し、70万人の府民が反対に票を入れた。国会議員の政党の多くも選挙カーの演説に駆け付け、労働組合などの多くの団体も「反対しよう」とのビラを作り、大きな政治の力とそれに関わる団体など、巨大な組織力対「橋下と維新」の対決の構図があり、民主・共産を含めた与党勢力と大阪維新の戦いは、接戦ながら大きな力に打ち勝つ事はできなかった。
0.8ポイントの差は、劣性の中で善戦した結果に、橋下は満足できた。と話し、大阪市長の任期まで留まり残された半年以後は政治家を辞めると公言した。維新の国会議員トップも現在の職を辞すると言う。維新の今後は細川氏の「新進党」のようになるのかなと思う。このままで将来的には「維新は何をしたの?」と言う感じが強い。維新の党は「みんなの党」の受け皿となり、宮城県議選にも地元から党変更の議員がいる。大きな影響が政界にありそうだが、自民の強固な体制には何の影響もないようだ。一時期の「革命児」はたった8年で幕を閉じる事となった。
私の町の政治改革への議員出発もここにあった。
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