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2015
05/17

震災を受けた町として何を目指すのか


石巻市の石巻日赤は2011.3.11の震災を伝える、被災地の医療設備機関として、増築されるとラジオで以前に聞いた。
南三陸町は東日本大震災のシンボル自治体として何を、支援して頂いた国々と日本の自治体と国民に恩返しするのか。その役割を明確に理解する事を私はできない。町の再建と水産・観光振興がその支援への恩返しと言うが、しかし、他の被災地は色々な形で後世に伝承する事に進めている。
石巻日赤は「被災医療研修の拠点」としての設備が完成したと、4年間掛けて実現へと完成した。我が町は多くの大学生が来てくれる、「防災の町の大学研修拠点」を目指しているように感じるが、防災庁舎を活用した観光の町を造ろうとしているようだ。
今日は朝7時に防災庁舎に行き、河川堤防の建設現場の「今」を撮影してきた。一台の軽自動車は「朝の焼香」に来ていた。もう一台は石巻の方で被災地の変化を写真で撮り続けている。トレーラーハウスは「ジョネット」の施設で、防災庁舎の隣りには線香が、ジョネットにより準備されていた。石巻の方も魚市場近くにあった自宅は、3mの津波で全壊流出したと言う。「防災庁舎は残した方がいいね!」と話す。気仙沼市の大型船の解体は観光客を激減させたと言い、ラーメン店のお客も一日200人来ていた観光客が、10人前後まで減少したと言っていた。気仙沼市の船主の解体希望を受け入れての結果でもある。あの地区には「ハローワーク仮設」があり、大きく様変わりをした。気仙沼市は観光よりも水産の更なる新興で、教育旅行などの推進で、新たな市の震災復興を図ろうとしている。
我が町は何もないと言うが、水産業・農業・林業の振興を図り、観光に繋げる基幹産業を強化させ、人との交流による防災都市としての拠点を目指すべきと思う。観光ばかりを強調する発信は何処かが違うと思う。
昨日は仙台に行ってきた。三陸道の整備は時間の短縮となったが、便利さがストロー現象を生まないか心配だ。人を呼び込む環境は大切だが、以前のように町民がいて、色々な形の町中の営みがあり、人を引き込む魅力として志津川地区があった。
「仙台青葉まつり」は市民が参加しての、色鮮やかな躍動が県外から県内の人々も、心を引きつけている気がする。
私は既に終わった人間で、若い人達の町づくりの発想を汲み上げ、新たな町で注目される志津川を創って欲しい。「しがらみ」の中の町づくりは、観光客から見透かされ、飽きられる、高齢化だけが加速する過疎の町へと進む事となる。

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