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2015
05/09

明日は歌津に行くぞ


今月の歌津地区の行事は沢山ある。シロウオ祭りやツツジ祭り、そして南三陸町の月例イベントの「復興市」が、伊里前商店街で開催だと聞く。伊里前川の「沢漁」の仕掛けも風情と、伝統のこの地区に伝わる漁法、是非見てもらい「シロウオの吸い物」も絶品の味で賞味して頂きたい。我が町の自慢の一つです。また、多くのイベントがある中でそれ以外でも、伊里前商店街の幹部は、広い前の場所を活用し企画を考え開催をするようだ。
こんな行事が沢山あるけど、私は明日に「沢」と「ツツジ」を見に昼ごろに行く予定を建てている。人ごみは嫌いなので静かな内に、チコット見に行って、写真に太平洋とつつじの大パノラマを収めたいが、その素晴らしい光景のタイミングに会った事は数少ない。
南三陸町で最初の「震災慰霊碑」は旧歌津駅の裏山にある。写真だと中央に建立された。商店街の駐車場からは徒歩で25分ぐらい、高齢者の方には少し無理がある。道路はあるけど急整備の道路で、何処から入るのかはまだ私には分からない。慰霊の丘からは海と市街地の半分が見下ろせるが、整備した牧野さんの話だと視界を妨げる左の木も伐採すると言う。自己の山と自費での整備は、「誰もが手を合わせられる場所を」と、一日も早く亡くなり不明となった歌津地区の方々、そしてまだその悲しみから心の癒えない家族にとって、少しでも安堵できればとの思いからで、街に来られる方や将来の子供達にも、「この大震災を忘れないで」との願いが込められている。歌津地区の119名の方の名前は後世にしっかりと残るだろう。志津川地区の方々の慰霊碑も名を刻み建立をと私は思っている。
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行政の防災庁舎にこだわる意味と、被災地支援観光の方が手を合わせ祈る場所を、早急に整備できない事が私には理解できない。
歌津は供養ができる場所を不便だが確保できた。志津川の大雄寺さんに建立された「慰霊像」は個人の方が、ボランティア支援を受け、大震災で死亡・不明の方々や亡き家族を思い建立されたとの話も聴いた。復興計画の元で町の住民の再建は正しかったのかと聞きたい、決して「正しい」と答える方は県外の工事関係者ぐらいだろう。自治体派遣の方の中でも、「間違っている」との考えを持つ人もあるようだ。
今日も大型トラックで大渋滞の南三陸町から脱出する。仙台に獲れたての「筍」と「ワラビ」と「米」を持って行く。悪くならない内に食べさせたい一心からだ。町を離れると先の見えない現状から、一時的な逃避できるには、こんな事でしかない。永久に町から離れた人もいる中で、けな気に町の災害公営住宅の建設を待つ高齢者の為にも、一日も早く「終の棲家」を提供して欲しい。28年には全ての住宅整備が終了予定だが、私はまだ信じられないでいる。
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