2015
04/30

;連休初日歌津にて


29日「昭和の日」、歌津の行事二つに向かった。9時30分からは中学生以上の稽古会があり、宮城県剣道連盟本部から有段の指導者が、地区の技量強化の為に2時間汗を流した。私は医師のドクターストップもあり、見学者になったが過激な運動はもう無理である。
その後は本吉郡の連盟の総会があり、本吉郡の剣道人口が減少している事が話題となった。震災後の児童・生徒の減少があり、子供達のスポーツ志向の変化も大きい。学校のチーム編成の為の、生徒の少ない部活への入部働き掛けがあるとも聞く。被災地に於いての剣道環境も厳しさの一途を辿っている。
会場は「大衆食堂」で、定期的に連盟で活用している。テレビでも放映なったが、大衆さんには後継者に新しい寿司職人が入り、1年ぶり来店ながら店の雰囲気も変わっていた。威勢のイイ出迎えに、被災地の必要な心意気を感じた。
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次に、歌津駅の裏山に整備された、「慰霊碑入魂式」の会に参加した。会場には歌津地区の被災された方々の家族や関係者が100名以上出席していた。地元のお寺の和尚様三名による「入魂式法要」が、厳粛に行われ震災当時の大混乱の日に、思いを巡らせた。刻まれた「119人」の死亡・不明者の名前に、手を翳し摩り私も知人に思いを馳せた。「篤実」早いよ、「何で早く逃げなかったの」と、地震発生時に同じ場所いた。役場議会職員とは言え、なぜ逃げなかったのかと、「43名の殉職」に対し、行政に疑念を今も持ち続けている。まだまだゴルフもしたかったし、ベガルタのサッカー観戦にも連れて行ってもらいたかった。もっと遊び共に南三陸町の為に頑張りたかった。優秀な人材の多くを津波で失った。
篤実よ、伊里前市街地と歌津湾を見下ろす丘から、これからも海で釣りをしながら、歌津の復興と家族を見守ってくれ。
夜は同級生に会食に誘われ、7時から民宿でもう一人のゲストを迎え、色々な事を話した。ビール・酒に氷を入れ薄めて飲んだ。飲み過ぎは体に毒だが、人との付き合いと再建した民宿支援を考える。帰りは勿論地元のタクシーを利用した。
地元の事業所に「金を落す」事は大切で、町外からの被災地支援だけを頼ってはいけない。地元の住民がお金を回す事も取り組む活動と思う。しかし、私の嫌いな事業所や、私の購買力もあり、その活動は限られてはいるが、気を留め行動をしている。今日は自宅に缶詰となりそうだ。
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