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2015
04/26

気持ちを伝えたい


ドローンの犯人は言う「一人でも原発を止める」と、一連の行動をブログに書き留めていた。無職の男性と言うが私と何処かが似ている気がする。9日の飛来墜落から約2週間後に官邸で知ったと言う、お粗末な平穏な日本の姿を国民は知っただろう。
私も「ひとりでも戦う」が、これまで生きて来た自分の姿で、これをやめる時は一人の年金受給者になる時で、人の為・町の為にと自費を投じた活動の、これまでの全ての活動の休止しようと思う。残り何年になるか解らないが、ローンの返済と両親の送り出しで、今まで生きて来た事への終止符を描いている。犯人の原発の大被害は、他人であっても人の生活を全て消失させてしまった、人間の作りだした原発への憎しみと私は多少ながら理解がある。
昨日、午後3時に「防災庁舎」前には多くの観光客がいた。何時まであそこを慰霊の場として、町は観光交流人口増加と言う目論みを続けるのだろうか。殉職した職員の父は、自費で南三陸町歌津の駅裏に「慰霊碑建立」を、連休中の29日午前10時から、入魂式を行う。歌津湾を見下ろす高台に草木で囲まれた丘に、歌津の住民の震災死の119名の名を刻み、永遠と慰霊の場を提供する。5年目を迎えるのに慰霊の場は、計画はあるものの何の姿も被災した住民には見えない。この町で生き町を支えて来た住民が、一人また一人と亡くなっている。行政はこうした住民の気持ちの解消を、何時までしないのだろう。こんなトップで町民はいいの?と、更なる町のトップで居続ける事でいいのと言い続けたい。
昨日は仕事と、被災当時に時計やラジオなど、心の支えと支援したくれた、隣町の登米市横山の先輩の御夫婦を民宿に招待した。出会いからこれまでの諸々の話に、10歳年上の先輩とはいえ、友達といいあえる友達のいる事に感謝である。同級生の友達繋がりから、御夫婦との関係は不思議の何物でもない。気仙沼市で働く同級生の仕事の知人であり、荒町の同級生の従業員だったり、友達を介し知りあった年上の知人であったりと、人の繋がりは自分から努力しないと、このような友達ができないと昨夜話し合った。こうした事で自分の生活の幅ができ、楽しい日々を送ってこれ、今後も長くお付き合いをお願いした。また一つ気になっていた事を、自分なりのやり方で恩返しを達成した。
同級生の就職支援と民宿の集客、そこに知人を招待し寄せる。仲間が全て友達で繋がる。これが私の地元で生きる「術」である。現在は繋がった長野県・大阪府など知人を通して、更なる被災地の発信を続け、被災地への理解・支援の継続をお願いしたい。
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昨日は登米市で「オープンハウス」に入った。建売の会社は仙台で、登米市の中心部の市役所近くの250坪の土地に、土地付き住宅の3棟を建て販売していた。既に2軒が売れ最終の1戸の販売をしていた。建坪36の総二階で土地が80坪位で車駐車場と庭もついて、諸経費込みで「2390万円」と、格安で直ぐにも入れると言う。引き換え我が町は高台の土地は、遅くは28年度完成で、坪5.5~6.5万円で住宅建設は坪70万円を超えると言う。こんな事からも南三陸町で暮らす必要のない人達は、登米市での生活を選択するのは当たり前の道理である。私とてこの町で生業がある事で、町での暮らしをしている。
現在の町の再建の事情を考えると、人口流出は当然の事で、こうなる事を加味しない町の復興計画の町づくりは、既に失敗していて、復興特需や震災により観光での特需があるが平時に戻ったら、また二次の人口流出となるような気がする。高齢者の暮らしやすい環境はあれど、人が居ない過疎の町への過程に今ある。
この責任の追及なしには、町へのブログによる物言いや仲間との行政批判は、私一人でも続けて行く。
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