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2015
04/15

友がまた一人町から離れた 寂しい


志津川高校の登校坂の桜が気になっていた。高校の仮設に行きながら、カメラを手に撮った写真がこれです。市街地はこの角度だと4年目が経過するのに、大きな変化は見えなく、桜の花はタイミングを外すと直ぐに散ってしまう。今は3分咲だろうか。
時間は待ってはくれない。この現状で南三陸町の復興計画が進められ、また一人友人がこの町から離れた。子供たちの将来と津波の怖さもあってか、地元での再建をしなかった。
地域の仲間たちの世話役的存在だった。自分たちの来年の「還暦会」を前にして、今年は物故者の塔婆を建てる。震災では1人が亡くなっていた。志津川地区の私たちは5人が震災で亡くなった。仲間が亡くなる悲しさと、人が町を離れる寂しさは、私の生活や町の存続を考えても、突然の大きな出来事だった。彼もまた志津川高校の出身の同窓生である。
CIMG0610.jpg
気仙沼市の仮設の集約計画が新聞にあった。学校施設への建設仮設を始めに、28年6月からとあった。私の町の人口減少率は県内トップを行く。登米市の南方仮設は350戸あったが、今は250戸を切った。合併10年を今年迎え、合併時の約19000人から、現在は約14000人で、町の合併時から5000人が減り、歌津地区の人口に相当する。何の為の合併だったのか、町の職員や施設の一元化などを図ってきたが、この大震災で人口流出は加速の一途だ。今後は2千人減り、又2千人と5年ごとにでも、10年後の人口統計予想では1万人を切ると想定する。今後誕生する若き新しいトップに期待するしかない。「想定以上の…」と逃げ口上がまかり通る、自治体トップの人材では、地方の衰退からは逃れる事はできないだろう。
大衡村のトヨタ系列の会社の設立で村は潤い。街の存続へと繋がる。若者が減り家族で町を離れ、若い優秀な労働力が居ない町に、優良企業が来てくれるだろうか。町が消えるか人が町を去る前に、町の体制と住民の意識の改革なくして町の存続は厳しい。父親は「教育が大切なんだ」と言い続けいる。
志中の剣道部で指導した生徒が又一人町に帰って来た。役場への就職を目指し続ける教え子もいる。町で生き続けようとする若い人材を、吸い上げ生かせる行政運営が何故できないのか。多くの[しがらみ]を捨て町の存続の事だけを考えて欲しい。
「地方創生」の予算で我が町は、4割増しのプレミアム商品券を発行する。我が社も加盟店の申請を昨日した。その効果はどうなるだろう。確か約数千万の予算が行政から商工会に出た。
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