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2015
04/08

心の再建は行政任せでは遅すぎる


昨日は石巻の日赤に術後2か月目の定期検査に行った。少し時間があったので、日和山まで桜と被災地を見てきた。
4回目の桜の開花で、寒暖の差があり一休みの石巻桜の名所はひっそりとしていた。眼下の海岸部の市街地は何も無くなっていた。陸地を繋ぐ大橋で津波の襲来を、奇跡的に免れた事がテレビで放送となった事を思い出した。

昨夜、しばらくぶりの方から電話がきた。「歌津に慰霊碑建てるから来てください」と言う。29日の昭和の日に10時からで、歌津駅裏の山を整備して、津波で亡くなられた方「119名」の名前を全て石に刻み、慰霊碑を建立する。慰霊碑は世界的な建築家の安藤氏の手による設計と言う。どんなにか被災家族の心を癒す碑が出来る。南三陸町には4年も経つのに、慰霊の場が無く、赤錆びた防災庁舎が残り、何の鉄骨の保護も無く立っているだけだ。私も志津川市街地に換地で得た土地に、小さいながらも「慰霊碑」を建てたいと思っている。
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今日も石巻日赤に行く。父親の心臓のペースメーカーの一年の定期検診です。その後で仙石病院に入院中の母の状態を見に行く。3人家族皆が石巻の病院にお世話になり近くなった。どうせなら志津川の南三陸病院で最後を迎えさせたい。私もこの町でなくても良いとの気持ちが強くなってきた。
私の眼も大学から転勤になった先生が4月から看てくれた。大学で最初に診察してくれた先生で、眼底の血管は出血も無く、今の所落ち着いている診断に、「おかげさま」の気持ちでいっぱいだ。今から8時に家を出て、9時の予約にまに合わせる。
仕事が現在何も無く、のんびり生き延びた人生を焦らず生きて生きたい。桜を愛でながら。
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