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2015
04/04

原村の心温まる支援に感謝


長野県原村と南三陸町の(荒砥・袖浜)の交流会
大震災直後から4年間の支援
 今回の南三陸町ボランティアセンター閉所にあたり、長野県原村から清水町長、農林商工観光課小林課長をはじめ5名が「感謝の集い」への参加のために来町した。14日の前日は新しくオープンした民宿明神崎荘を会場に、原村の方々とお世話になった荒砥・袖浜の皆さんの総勢15名余りによる交流会が開催された。
 原村と南三陸町をつないだのは、医療支援でおいでになった医師団の先生と保健福祉課の声掛による出会いと、受け入れから始まった。震災後の2ヶ月頃、荒砥小学校体育館に入り、地域の支援と町の被災がれき等の跡かたづけのボランティアに、小林課長さんはじめ5名の方々が支援に訪れた。
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 小林観光課長さんは、体育館で共に生活させてもらい、避難所自治会役員だった高橋源一さんの「一緒に食べましょう」との大変な中での気遣いに、心打たれたと話す。また、物資の配布があり、おばあさんがペットボトル4本を持って帰るのは大変と、自宅まで届ける途中で「ここが役場の未希さんの家です。」と教えてもらい、訪ねて行くとお父さんが心よく応えていただき、ご焼香もさせていただいた。多くの町民皆様が家をなくし、家族の不幸があっても支援に来られた方々への心温かい対応に頭が下がったと話す。
 長野県原村からは2人の自治体派遣があり、1人の方は遺跡の発掘支援に参加された。原村の清水村長さんは、「何もできませんけれども」と話し、南三陸町の袖浜の民宿のごちそうを「美味しいものがたくさんありますね」と町の旬の味を喜んでいた。
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 震災の23年に8回、以降毎年2回で計14回長野県原村に被災された地域民の心を癒しにと、南三陸町民を招待した。村でマイクロバスをチャーターし、宿泊をしてもらい体を休めてもらった。その数は延べ200名を超えた。荒砥地区から袖浜そして歌津へと範囲を広げ、被災地「南三陸町」の住民支援を続け、今後も南三陸町民皆様と支援交流をしていくと話す。
 袖浜地区の原村でお世話になった方や、荒砥の方々も加わり、当時の大混乱での原村の活動への感謝の言葉が、来町された清水村長さん、小林課長さんへ向けられ、会場となった民宿で時間のゆるす限り共に語りあった。

支援の輪の交流継続!

(原村は長野県の中央に位置し、43.1k㎡の面積で人口は約7600名、世帯数は2600余りの街です)
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